ある夕方、旧交を温める①
【新章開始します・不定期更新】
「噂に聞くヴェンディのところのヤリ手とは、あんたのことかい?」
そういって私に話しかけてきたのは、ついさっき檀上で戴冠式を済ませ演説をかましていた大柄な男性だった。
クローゼやナナカのようなダークエルフの浅黒さとは異なる、日に焼けた褐色の肌にくっきりとした大ぶりの目鼻が意志の強さと自信のほどをうかがわせる。勲章のような飾りがいくつも付いたスーツの上からでもがっしりとした筋肉に覆われていることが分かるほどの、いわゆる筋骨隆々とした風体に短く刈り揃えられた黒髪が良く似合うその人の名は魔王アルセニオ――。
ヴェンディが治める領地のはるか南方、肥沃な大河によって作られた豊かな平地「アルバハーラ」に居城を構える王だ。
という情報は予め城で頭に叩き込んできたが、本日の主役たる彼がヴェンディではなく自分に話しかけてくるとは夢にも思わない。一瞬フリーズした脳から情報引っ張り出すのに瞬き数回のラグがあった。
長く床についていたアルバハーラの先代が崩御したのはわずか一カ月前。魔王ヴェンディが人間界の国と和睦をした直後だったらしい。後継は一人息子のアルセニオのみ。そしてその新王アルセニオの戴冠式があるからとヴェンディに招待状が送られてきたのはつい三日ほど前の事だった。
急な知らせに魔王城は上へ下への大騒ぎで私もこの二日はほとんど寝ていない。そりゃそうだ。まがいなりにも「戴冠式」というからには、こちらもそれなりの体裁を整えなければいけないのに用意された時間はたったの三日。
無理! と何度叫んだか分からなかった。しかし招かれたヴェンディとて魔王の一画。半端な状態で向かわせるわけにはいかない。魔王城職員一同、この時ほど団結したことはないんじゃないだろうか。
手土産や式典向けの衣装などあわただしく準備をして皆に見送られて出発し、どうにか戴冠式に間に合ったとほっとしたのもつかの間。最側近としての私は休む時間もないままに、式後の披露宴ではヴェンディに引き連れられて方々への挨拶回りである。
溜まりまくった疲労のせいで頭が回らない。なんでこの新王が自分に声をかけてきたのか全く分からず、私はただ愛想笑いを浮かべて会釈をするにとどめた。ついでに隣に立って談笑をしているヴェンディの脇腹を、肘でついっと小突く。
「おお、アルセニオ。本日は本当に良い式だったね」
振り返ったヴェンディは、そこに新王の姿を見るやいなや輝かんばかりの笑顔を浮かべた。