【出会い編】ある夜、果たした邂逅は――
咄嗟のことに感情をセーブできず、朗らかに了承する魔王を思わず怒鳴りつけた。まさか見積もりも確認せずにその場で了承するなんて。この魔王、絶対連帯責任者とかに気軽にサインして破産するタイプだ。
「なんだいリナ。そんな大きな声を出して。ジャックがびっくりしているじゃないか」
「ダメ! 即買いダメ! まずは予算を立てて見積もり取ってから!」
「えええ……魔王軍の士気を高めるためにはだね、必要な経費では……」
「でも言い値で買っちゃダメ! ちょっとそこのかぼちゃ君、まず鍛冶屋さんに見積もり取って!」
「みつもり~?」
ぽかんとするかぼちゃが戸惑いを体で表現するように、床の上をころころと転がり始めた。魔王も首を傾げているのが猛烈に腹が立つ。壁際に張り付いたネリガだけがやけにキラキラした目で見てくるのは気のせいか。
「鍛冶屋さんがいくらで剣を作るつもりなのか、値段を聞いてくること。ほかの鍛冶屋さんがあればそこにも聞いてきて。口頭じゃなくてこの紙に書いてもらってきて。で、買うって言っちゃだめよ。検討しますって言ってきて」
「けんとう~?」
「あとから魔王が正式に発注するまで作るなってこと。とにかく! すぐにものを買っちゃだめ! まずはちゃんと収入把握して各部門の予算を決めてからその予算内で収まるものを買うの!」
とりあえずまくし立てた内容はざっくりしすぎていて、きっとかぼちゃの彼は良く分かっていないだろう。けれどなんとなく「すぐ買わない」は理解してくれたようで、ぽいんぽいんといい音で弾みながら部屋から出て行った。
「リナ……あまり難しいことを言ってやるな。ジャックも剣士隊も困ってしまうだろうに」
やれやれといった風のヴェンディはどこか他人事だ。
「この城がどうして財政傾いてるのか、分かる気がしますよ……」
とにかく! と私はヴェンディの顔にびしっと指を突き付けた。他人事のままで済ませてやると思うなよ。腹をくくった女の底力をみせてやる。
「既定のお給料以外、なにを買うか買わないかは今年度の予算を立てるまではぜんっぶ私を通してください! お給料外なのでヴェンディ様のお小遣いもです! このままじゃほんとに破産しますよ!」
「ええ……美しい顔が鬼のようだよ、リナ……」
「鬼で結構!」
開き直って鬼宣言すると、ヴェンディはすっかり肩を落としてしょぼくれたのだった。
――かくして、魔王城においては鬼の事務員が誕生した。
鬼の事務員の登場によって魔王補佐官のネリガは解任となったが、長年にわたって魔王のどんぶり勘定と無駄遣いに悩まされ骨と皮になるほどにストレスでやられていた彼の顔色が良くなったという噂が城内に知れ渡ったのは、それから半年ほど後のことである。