【出会い編】ある夜、果たした邂逅は⑧
ナチュラルな坊ちゃん育ちなのだろう。どうりで、と彼の鷹揚さに納得した。しかし机の上の書類は、一見しただけで納得できないものも多数ある。
まるでメモのようにささっと書かれた請求書や納品書。
明らかに色の違うインクで桁を増やされている領収証。
大小まちまちの文字で書かれた表の体をなしていない予算表。
四辺がすっかり日に焼けている紙に書かれた嘆願書。
などなど、納得できないものだらけである。これは……。
「ヴェンディさま」
「なんだいリナ? やっぱり私の侍女、いや妃になりたくなった?」
寝とぼけたことを言いながら振り返る魔王はやはり美しい顔だ。いや、こいつ顔がきれいなだけかもしれない。
「ヴェンディさま、さては事務系のお仕事苦手でしょう?」
「え?」
「というか、ネリガさんも含めてこちらのお城の家来のみんなも事務仕事嫌いでしょ? 魔王軍って、戦うだけでほかは何もできないひとの集まり?」
脳筋集団、という単語は飲み込んだ。きょとんとしている魔王には、私の言っていることの意味が伝わっていないらしい。
「こんなに書式がばらばらでいろんな書類が来てたら、計算も間違えるし予算なんて立てられないし、お金の支払いだってミスが起こりますよ。いったいこの城のお財布管理って誰がやってるんですか? というよりこの国のひとってみんなこんなどんぶり勘定なんですか? ちょっと財政云々の前に城や国の運営だって健全にできないでしょ。見てらんないですよこれ」
「そうかい?」
「そもそもお城の税収っていうか、収入は年間どのくらいあるんですか? 皆さんお金で収めてるんですか? 作物とか?」
「ん-、なんだったかな、ネリガ」
「貨幣でございますよ……」
確か、という呟きがかすかにネリガの口から洩れる。おいおい、あんたも把握してないのか。税率下げたとかなんだとか言ってたじゃん。軽くめまいを覚えながらネリガを睨めば、素知らぬ顔で視線を逸らされた。
そうか、ならば仕方ない。
「ヴェンディさま、まずは私にこちらに山積みの書類の整理をさせてください。城主がお城の状態を把握できていないのではお話になりませんが、すべてを主が自ら確認する必要はありません。適宜まとめてご報告します」
「ほう、君の仕事が見つかったかい?」
「はい、こちらのお城の事務のとりまとめ業務をさせて頂きたいと」