【出会い編】ある夜、果たした邂逅は⑦
「書いてみる?」
促されてペンを握ったが、さて書けるだろうか。なんていう心配は杞憂だった。私の指は見たことのない字まですらすらと何の苦もなく描き出し、しかも私はそれを読み解くことができるのだ。
「素晴らしい。君は書く文字まで美しいのか」
「いえ、いや、まあ、確かに美文字……?」
……なのかな? 見た事も書いたこともないはずの文字だけど、言われてみれば流麗な文字に見えるのが不思議だった。前世だって別に悪筆というわけではなかったはずだけど、決して流麗と言われる字を書くわけでもなかったのに。
蜂蜜みたいな金色のロングヘアに白い肌。目覚めてすぐに見た壁掛けの鏡に映った自分の姿は確かに美人と言っても差し支えない容姿だった。以前なんて平均的と言えば極々平均的な、何の特徴もないただのアラサー女子だった。美人だなんて言われたこともない。ましてやこんなイケメンに美しいとささやかれるなんて、なんだろうこのパーフェクトな転生。
ふと見た指先の、ささくれもあかぎれもない白い肌がなぜか過去を思い出させた。前世から飛ばされるときに最後にみたのが、浮腫んだ自分の手だったからかもしれない。
しかしこの容姿は武器である。よくわからん世界に飛ばされて、この魔王に助けてもらっていなければ処刑されてたのかもしれないんだから。もう一回死ぬのはごめんだし、どうせこの世界で生きなくちゃいけないんだろうし。
だからなんとか就職して、自分一人でも食べていける程度に稼がなくては。
そう自分を奮い立たせていると、魔王は入門書は不要と判断したんだろう。広げた本をデスクの後ろの棚に戻していた。そのデスクの上はちょっと乱雑に書類が積まれていて、魔王の動きを目で追っていた私は見るともなしにその書類の山に視線を動かした。
「魔王、さま?」
「そんな水臭い呼び方はやめてくれ。なんのために名を教えたと? ぜひヴェンディと呼んでくれたまえ」
「いや、あの……ヴェンディ、さま」
「なんだい、リナ」
ぱあっと顔色が華やいだ魔王は、語尾にハートマークを散らすようにこちらを振り返った。
「あの、そのデスクの上の書類なんですけど……」
「ああ、散らかっているだろう? みんなどんどん私のところへ書簡や書類を持って来てね。目を通す前に積みあがって行ってしまうんだ」
「お忙しそうですね……」
「父から受け継いだ我が領地は大きくてね。魔界広しといえどもこんな広大な領地と大勢の家臣がいる城もなかなかないんだよ。おかげで仕事も多いが、父の代からいる優秀な部下たちがいてくれるので安心さ」
「……はあ」