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ある夕方、サプライズに戸惑う②

 やっちまった。

 私は自室のベッドで頭を抱えていた。


 魔王ヴェンディを突き飛ばして事務室を飛び出し、自室まで猛ダッシュしてベッドにもぐりこむことおよそ30分。カッとなった頭からは徐々に血が下りてきて、ダッシュで跳ねあがった心拍数同様に今はすっかり通常思考に戻っている。

 今ではなぜあんなにムカムカしたのか、自分自身でもわからなくなっていた。


 いや、いつものように無頓着に散財しやがって、というのが原因なのは分っている。

でも腹が立ったとしても、突き飛ばすほどではなかったのではないか。

 まがりなりにも雇用主を。


――クビになったらどうしよう。


 転生してきた私には思い当たる身寄りもない。次の仕事につながるスキルも人脈も作っていない。目が覚めてからこっち基本的に城の事務という裏方仕事しかやっていないし、そもそも魔王のお城で人間が働いていること自体ちょっと変な話である。


 ふと目が覚めた直後のことを思い出す。

 悪役令嬢の破滅ルート選択後の状況か、と呆然としていた私が必死にドアを叩いていると、マントを翻して彼が部屋へとやってきた。

 後ろに控える二人の侍従を待たせた彼は、ビビる私にお構いなしに抱き寄せ「よく目を覚ました」と言って髪を撫でてくれた。

 取って食われるかと思っていた私は、その仕草でほうと人心地ついたっけ。

 自分を頼って城に来たものはすべて私が庇護する対象だ、といつものように艶やかに微笑んで魔王城に迎え入れてくれたばかりか、ただで居座るわけにはいかないと仕事を乞うと私にもできる事務仕事を与えてくれた。


 思えばヴェンディがあんな風に鷹揚で、城にいる者すべてに優しいから私もここで仕事に就けているわけだ。


「謝ったほうがいいかなぁ……」

「どーしたんですかー?」


 不意に布団をひっかぶった頭上から間延びした声がかかる。

 やわらかいこの声音は、侍女のナナカだ。

 そっと掛布団から顔を半分出すと、彼女が洗濯の済んだ衣類を片付けている背中が見えた。


 ナナカは私がここにやってきてからすぐに付けられた侍女だ。

 こちらの世界にきて右も左もわからない私に、城内のことや政情などを教えてくれるダークエルフの少女である。


「昼間っからおひるねされるなんて、リナさまらしくないじゃないですかー」

「ちょっと、ね」

「お加減でも悪いんですか? お薬お持ちします?」

「ううん、そういうんじゃないの……」

「お茶でもいれましょうか」

「……うん」


 ナナカに促されてのそのそとベッドから這い出ると、彼女はすぐにあたたかいお茶を出してくれた。湯気と共にフルーティな香りが立ち上り、深呼吸で胸いっぱいに吸い込むとさざ波が立っていた気持ちがまた少し落ち着いた。


「あら、リナさま。素敵なネックレスですね。城主さまからの贈り物ですか?」

「え? あ!」


 しまった。勢いで出てきてしまったので、突き返すのを完全に失念していた。

 私は指先で淡いグリーンの石をそっと撫でる。


「リナさまの髪の色に映えて、よくお似合いです」

「……そう?」

「はい、とても。城主さまはリナさまを本当に大切に思ってらっしゃいますね」

「でも、また借金が増えると思うと素直に喜べないよね」


 まあ確かに、とナナカは微笑んだ。


「リナさまはお仕事上、無駄遣いと思ってしまうかもしれませんね」

「無駄遣いでしょー。ただでさえ財政苦しいのに、百歩譲って武器や防具にお金かけるんならまだしも、アクセサリーやドレスは魔王城の支出としては人間界に攻める装備にもならないし」

「それで城主さまとケンカを?」

「うーん……」

「贈り物、嬉しくなかったんですか?」

「いやー、嬉しくなかったわけじゃないんだけど……なんかこう、ついカッとなっちゃって」


 ケンカなのかな。私は腕組みをして考える。隣ではナナカがくすくすと笑っていた。


「城主さまは確かに浪費家で、どんぶり勘定の方ですけど、悪いことばかりじゃないんですよー」

「どゆこと?」

「そりゃ給与はカツカツですけど幸いにも農作物は自給できるのでこの軍にいればごはんに困らないですし、それだけで多くの者が城主さまを慕ってます。あとは領地内の物を買ったりして地元にお金を払ってくれますから、職人たちは張り切ってモノを作ってるんですよ」

「……まあ、そこは確かに」

「たまに領民にボッたくられてる感はありますけど、城に貯めこんでおくよりみんなの手にお金が回ったほうが城外の商いも活発になりますし」

「なるほど……」

「リナさまのそのネックレスも、誰も注文しなければその加工をする職人さんもいなくなっちゃいますしね」

「家計とはまた別ってことね」

「家計ならぎっちぎちに締めますけどねー」


 ナナカはそう言って悪戯っぽく笑った。

 確かにヴェンディが領内の経済を考えていろいろ行動しているのだとしたら、無駄遣いと一刀両断にしたら悪かったかもしれない。微々たるものだけれど私の給与も補償してくれるし、軍のみんなの給与だってカツカツだけどなんとかなってる。まあそれだって、相当私が雑費を切り詰めてのことだけれど。


 でも、こんなにきれいなネックレスを、髪の色に合わせて似合うものをわざわざオーダーしてくれたと思うとやはりくすぐったい気持ちになる。

 今のところ早急に金銀を貯めこんでどうにかする予定もないのだし、節約節約とがみがみ言い過ぎたかも、と私はちょっと申し訳なくなってきた。

 私は束ねた髪に手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃっとかき乱した。


「クビって言われる前に謝ったほうがいいかな。無駄遣いって怒鳴って突き飛ばしちゃった」


 ぼそっと白状すると、ナナカの目が丸くなった。しかしすぐにそれが糸のように細められる。


「なるほど、それで城主さまってばしょんぼりしてらっしゃったんですね」

「え」

「シーツを干しに裏のテラスへ行ったら、涙目になって、洗濯もののかげでぼーっと黄昏てらっしゃいましたよ」

「なんで洗濯もののかげなのよ」

「城主さま、繊細なんですって。早くいって元気づけて差し上げてください。あの方がしょんぼりしてるとみんな調子狂っちゃいますから」

「……行ってくるわ」


 私がベッドから立ち上がると、行ってらっしゃいませとナナカはまた微笑んだ。

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