【出会い編】ある夜、果たした邂逅は⑤
「それならば人件費もかからないし、この魔王自ら気にかけていると内外に知らしめることもできるし、私は彼女の顔を見ていられるしで一石三鳥! いいことづくめじゃあないか」
「いや、閣下、それでは閣下のお仕事が……」
「私の仕事など、城の皆が健やかに暮らしているのを見届けるだけさ。何の手間もない。なんだったら彼女の仕事の隣ですることだってできる。――そうだ」
どんどん眉が下がっていくネリガとは対照的に、魔王の顔は更に輝いた。
「彼女を私の侍女にしよう、そうすれば私も常に一緒にいられるよ」
「ヤです」
侍女って、あれでしょ。お付きの人でご主人のお世話をする仕事でしょ。よくわからない人の身の回りの世話とか、ちょっと遠慮したい。即座にお断りの言葉を口にすれば、魔王はみるみるうちにしょげていく。自信に満ちた様子からのギャップに一瞬心が揺れるが、負けない。
だってそれじゃ、単に魔王に囲われているだけって見られるじゃない。そんなのは嫌だ。魔王の庇護が亡くなった途端に、ポイ捨てされる危険もある。どうせここで生きていくなら、ちゃんと生きていく力をつけなくちゃ。
「私はお仕事をさせて頂きたいんです。ちゃんとここで仕事をして、ここに住んでもいいと皆さんに認めてもらいたいんですよ。じゃないとネリガさんも納得できないでしょ。ほかの皆さんだって、きっと人間を側に置くなんてって反対すると思いますけど」
「しかし……」
「お仕事をした上で戦力だと分かって頂ければ、私が人間だろうとなんだろうと皆さん文句もいわないのでは? 戦力にならないと思えば解雇してもらって結構ですし」
なるほど、と魔王は小さく頷いた。
「君は何が出来そうかな。文字は書けるかい? 料理や裁縫は?」
「魔王軍として戦うことはこのとおり貧弱な体なので出来ませんが、後方支援やお城の事務仕事ならきっと。料理や裁縫より計算や事務仕事の方が得意です。文字は教えて頂けるのならすぐ覚えます」
この世界の文字がどんなのかは知らないけど。でも、ひらがなカタカナ漢字、その上アルファベットで英語をなんとか使いこなす日本人舐めんなよ。かつての同僚にヒエログリフを読むやつもいたんだ。文字くらい、規則性が分かればどうってことない。
根拠があるようなないようなそんな虚勢で胸を張る。じっと私を見つめた魔王の目が一瞬強く輝いた。
「わかった」
「閣下!」
咎めるような声は一歩遅かった。魔王の黒い翼がばさりと羽音を立ててネリガを制するように広がると、こちらを見ている赤い瞳がわずかに細められる。微笑みなのか、挑発なのか、読み取ることは難しい。けれど。
「雇用を前提に、まずは君に文字を覚えてもらおう」
魔王が強く宣言する。この宣言に、ネリガは異を唱えることはしなかった。いや、できなかったのかもしれない。さっきとは全然違う、言葉に力があったから。
来たまえ、と魔王が差し伸べる手を取ると、今度は彼の顔がにっこりと分かりやすく微笑んだ。