【出会い編】ある夜、果たした邂逅は④
やや高級そうな革張りの椅子に深く腰掛け脚を組むさまはとても絵になっているのに、なんというか言動がアンバランスな感じが否めなかった。「憎めない雰囲気」といえばそうなのかもしれない。
「雇うのがだめなら、我が妃として召し上げればよいのでは……」
「誰が妃になるっていいましたか。却下です」
「お妃などとんでもない!」
ぱあっと明るい顔をした魔王の提案を、私とネリガは一蹴した。そこの所だけは意見が一致する。ほぼ同時に二方から却下された魔王は一瞬にしてしょんぼりと肩を落とす。
「そもそもこの娘が人間界からの間者ではないと言い切れないのですよ。人間というだけでも疑わしい上に、なんの力もなく後ろ盾もない小娘などを妃になどできるわけがないでしょう」
「お言葉ですが――」
口をはさんだ私を、落ちくぼんだネリガの目がぎろりと睨む。
まあ、敵方のスパイを疑うのは戦争要素があるゲームですら基本中の基本である。機密を引っこ抜かれたり、内通して味方を削られたり、スパイ活動を見逃したって一つもいいことはない。彼の言い分は正しい。しかしだ。私は彼の「何の力もない」という部分に引っかかった。
舐めてくれるじゃないか。こちとら早朝から深夜まで様々な案件を捌いてきた社畜だぞ。自分では絶対持ちえない桁の予算執行や、お偉方を相手にした運営会議だってこなしてきたのである。少々の財政状況の悪化くらい、余裕で立て直してやろうじゃないかと妙なところで社畜魂に火が付いた。
「間者どころか身寄りもないので人間界とやらに行くこともできません。なので働かせてくださいと言っています。ご心配なら見張りをつけてもらっても構いませんが」
「見張りなど、余計に人件費がかかるだろう」
「でも、ネリガさんは私をお疑いなんですよね? 雇用主たる魔王閣下に逆らってまで疑うというのであれば、むしろポケットマネーで見張りを雇うくらいしてもいいんじゃないですか? 私は見張り付きでも一向にかまいませんが」
これは詭弁だ。お仕事に私費を投じるのは雇われ人のすることではない。でも私が今までいた「会社」という組織でもなければここは日本でもないわけで、だったら疑う人が出せばいいじゃん、と焚きつける。
ひっかかるかと思ったけど、ネリガは顔色をさらに青くして首を横に振った。くそう、と思うけど仕方ない。王様の側近風のくせに、案外ケチな奴だ。
しかし垂らした釣り針には別のサカナが引っかかった。
「いいアイデアだ。では私が直々に見張ろう!」
ならば問題あるまい、と喜色満面の魔王ががばっと立ち上がる。虚を突かれたネリガはあんぐりと口を開けた。