【出会い編】ある夜、果たした邂逅は③
「いけません」
「そこをどうにかしたまえ。困っているじゃないか」
「人間を雇用するなど、こちらの魔王領では前例がございません」
「前例がなくともよい。働きたいと言っている者を放り出すことこそ、魔王の名を地に貶めることだろうに」
「しかしですね、閣下……」
「いいじゃないか」
「閣下が一目惚れするたびに人を増やしたんじゃ、人件費がかかりすぎてしまいます」
「そこをなんとか」
「閣下ぁ……」
私、逢坂里奈は目の前に繰り広げられる交渉(?)劇を、あくびを噛み殺しながら眺めていた。とりあえずはと勧められた簡素な木椅子に座っているから、お尻が痛くて眠れはしないんだけど退屈だ。
牢から城の別室へ移されてからこっち、とりあえず私をお姫様抱っこしたイケメンがこの城の魔王様だということを知らされた後はもうしばらくずっとこの繰り返し。「雇う」と「雇わない」のせめぎあいはどちらに軍配が上がるか分からない状態だった。いや、普通に考えれば王様が雇うというなら家来は従うしかないような気がするが、どうやらここの王様は最高権力者というには少し立場が弱いらしい。
なぜなら。
「閣下、我らの領地では近年不作が続いていることはご存知ですね? 昨年より税率を引き下げて領民に懐の深いところをお見せになったのはご立派ですが、その分城の財政は少々厳しゅうございます」
「だからといって人ひとり程度、雇えないこともないだろう?」
「ですから、その程度が厳しいくらいなんですってば」
がっくりと肩を落としながらも懸命に説明するのは、顔色が青白いを通り越してほぼ青の、骨と皮だけの極端にやせ細った男だ。死霊使いのネリガと呼ばれたその男はどうやら魔王の執務を補佐する役目があるらしいが、線の細さのせいかなんとも頼りない。でも時々こちらを見る目つきは決して緩くなく、むしろかなりとげとげしいものだった。
まあ仕方ないか。だって彼は人間である私を処刑か追放か、とにかく魔王城に住まわせたくないようだから。
対する魔王はといえば、鷹揚にもほどがあるんじゃないかと私でも心配になるほど、何事にもおおらかなようだ。常に艶然とした微笑みをたたえた顔は蠱惑的と言ってもいいほどに美しく、ともすれば「怖い」とも感じてしまいそうだけれどなんせ言ってることがどこかヌケている。