【出会い編】ある夜、果たした邂逅は②
「よく目を覚ましたね。どうかしたのかい」
「…ひっ」
髪を撫でられ喉の奥がきゅっと閉まる。これは、処刑人とかが出てきてもう一回死ぬとかそういう事以前に、悪魔につかまってしまっているって状態なのかもしれない。これはきっと食われるパターンだ。
でも、ヤバい、逃げなきゃ、と思うけれど体は動かなかった。目の前のイケメンに抱き留められているからとはいえ、全く拘束なんてされていないのに、もがくこともうまくできない。
心臓がひたすら早鐘の様に激しく鼓動を繰り返すのは、恐怖かそれともイケメンに見つめられているからか、それすらももう分からない。ただ、まるで魅了されてしまっているかのように、そうっと近づいてくる彼の顔から眼をそらすこともできなかった。
視界いっぱいに彼の顔が近づいたところで、その薄い唇からかすかにため息が漏れた。ほんのわずかな空気の揺らぎに撫でられた私の頬は、青ざめているのか、赤くなっているのか、一体何色になっているんだろう。
でも、もうこんなに綺麗なイケメンに食われるんだったらいいのかも、どうせもう死んじゃった事だし、なんて気持ちも沸き上がる。なんかの本で読んだ、吸血鬼が血を吸うときはその相手を魅了したり催眠状態にしたりして抵抗させないんだって。もうこれってそれに近い状態なのかもしれない。ならば、せめて痛く無いように食ってほしい――。
「なんて美しいんだ……」
乱高下する私の気持ちをよそに、目を合わせたままぽつりとイケメンが呟いた。
「どうしてこんな仕打ちを……」
「は……? え……?」
「人間を一人捕虜としたと聞いて見に来てみれば、君の様に美しい女性だったとは。それなのにこんな半地下の牢にいれて粗末な服を着せるなんて、城の者が大変失礼をしたようだ。すぐに部屋を移して身の回りのものを取り換えさせよう」
「はい?」
今にも食われるのでは、と半ば硬直していた体から素っ頓狂な声が漏れ出た。途端に硬直が解け、脚が軽くなる。あれっと思う間もなく、私は目の前のイケメンに抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこ、というやつだ。
「ようこそ、魔王城へ。いまから君は私の客人だ。丁重にもてなそう」
そう告げると、彼は私を抱き上げたまま「半地下の牢」を出た。
それまで気が付かなかったが、彼の周りには何人もお供がいたらしく口々になにやら言い立てている。その姿は様々で、毛むくじゃらのケモノのようなのもいれば、恐ろしく顔色が悪い骨と皮みたいなのもいた。
しかし何か言われている当の本人は全く意に介した様子もなくずんずんと階段を上がっていくので、私は身を縮めているしかなかった。否、人生初のお姫様抱っこに混乱して半パニック状態だったのだ。
――そんな生まれて初めての経験に驚いて声も出せずにいる私が、その黒翼のイケメンがこの魔王城の主であるヴェンディと知るのはもう小一時間後の事となる。