【番外編】姫騎士クローディアの憂鬱 ⑤
威風堂々と宣言したクローディアではあったが、実のところ「将軍」にはどうやってなったらよいのかということは完全に失念していた。
ヴェンディ麾下の魔王軍は彼に代替わりしてからというもの、他の魔王領とはもちろん人間の勢力とも大きな戦をしていない。父が言うには先代はそうとうな遣り手であり、軍備拡充と領地拡大、そして内政の充実と非の打ちどころがない魔王だったという。
しかしその先代魔王が亡くなってヴェンディが王位を継ぐと、ぱたりと扉を閉じる如く内政一辺倒となった。兵たちの訓練や軍備は怠らないものの、外へ撃って出ることはなくなり、同じころに家督を継いだクローゼとその妹クローディアが辺境伯として国境付近の地域を管理することになった。
そのため、ここ数年は国境近くにいる人間や隣の魔王領の住民などとの小競り合いを仲裁することが主な仕事となっていた。その際に話し合いだけではなく武力を用いることは多々あったが、軍勢を率いて戦うことなど皆無である。
また伯爵家として独自の軍を持ち、黒衣の騎士団の長として職務を務める兄とは異なりクローディアには公的には何の役職もない。自身の配下をまとめた騎士団を率いることから、伯爵家の姫騎士とは呼ばれるもののそれだけだ。
つい先日の人間界との戦では先陣を切って武功を挙げるつもりだったのに、お使いの竜におやつを食べさせていたらいつの間にか戦そのものが終わっていたので結局は何もしていない。
「さて、そもそもうちの魔王軍に将軍なんてポストの方はいらっしゃったかしら」
残念なものをみるかのような顔をしていた兄を部屋から追い出し、クローディアは魔王麾下の主だった軍団長を思い浮かべた。
――サラマンダーのサラさんに、ワーウルフのおじさま、ゴーレム部隊は歩兵の軍団長の管轄だったと思うけれど、さて誰だったかしら。
思い出す顔は全てクローディアが幼いころからよく見知っている者たちで、彼らが将軍などと呼ばれているのは見たことが無かった。ということは、と彼女は顔を輝かせた。
魔王軍には将軍のポストについているものが居ないのではないだろうか。
であれば話は早い。
今すぐにでも彼らより大きな武功を挙げて、ヴェンディに論功で将軍位をねだればよいのである。
「共同で事業を興すと言ってたから人間界との戦はないでしょうし、何かもめごとが起こるとすれば――」
城を挟んで反対側の大河が浮かんだ。魔王がこちら側に来ていれば、手薄になった反対の国境側を警戒したほうが良い。隣の魔王領を治めるのは、たしかヴェンディより何年か早く即位した王のはずだ。ほとんどお互いに不干渉とはいえ、万が一ということもある。
そう思い立つと、クローディアは手早く身支度を整えた。腰まで伸びた艶のある黒髪を高く結い上げ、軽い皮鎧をいくつか見繕って鞄に放り込んだ。
「あとは火薬と、マッチと、えーっと油の小瓶と、あとは麻糸がいるわね。油紙が巻いてあるやつがたしかここに、と」
自身が得意とする炎を操るための道具を棚から選び鎧と一緒の鞄に詰めると、装備を指折り数える。忘れ物があってはいけない。これから一人で行って武功を挙げるのだ。
彼女の頭の中ではもうすっかり対岸からお隣の魔王が攻めてくるイメージが出来上がっている。
河岸を埋め尽くすかがり火と大軍勢の前に降り立つ黒衣の姫騎士。炎の仕掛けを張り巡らし、大剣を片手に敵が渡ってくるのを静かに待つその姿は一騎当千の――。
「……身の程知らずの輩など、残らず消し炭にしてやりますわ」
クローディアのわずかに開いた唇からのぞいた舌が妖しく動いた。猛獣が舌なめずりをするかのような残忍な色気があふれ出す。濃厚なフェロモンを惜しげもなく駄々洩れにさせたまま、彼女はテラスの窓を開けた。
「あ……!」