【番外編】姫騎士クローディアの憂鬱 ③
「クローディア、お前、閣下に婚約解消されたっていったい何をやらかしたんだ!」
伯爵家の跡取りであり、クローディアの兄であるクローゼが顔色をなくして部屋に飛び込んできたのは夕食前のことだった。
令嬢たる妹は薄いシルクのドレス一枚でしどけなく寝台に伏せていた。こんな姿を見せないためにも本来は兄妹であろうとも侍女に取次ぎを頼むものだが、その手順すらすっ飛ばして妹の部屋に走ってくるなど、兄が相当に焦っていることが伝わる。謁見をしたその足で来たのか、騎士の鎧すら脱いでいない。
失礼な、とクローディアの方は着衣を直すこともないまま、これ見よがしに肩を竦めて首を振った。
「婚約解消されたのではなく、してやったんですわ。あんな小娘にのぼせ上ってるヴェンさまなんて、わたくしの夫にふさわしくありませんもの」
「してやったって、お前……それこそとんでもない不敬だぞ。伯爵家の娘でありながら、そこが分からないお前では」
「不敬とはおっしゃいますけど、先に礼を欠いたのは閣下の方です。わたくしという者がありながら、年端も行かない小娘を、しかも人間を寵愛するなんて魔族の風上にも置けない体たらくでしょうに。このわたくしを、お兄様は腑抜けた男に嫁がせたいのですか? 月夜の黒真珠と称えられるわたくし、騎士団長の妹であり誇り高いダークエルフの姫騎士が、そんな境遇に甘んじろと?」
「そんなことは……!」
「そもそもお兄様があのリナとかいう小娘をさっさと落としてしまえば良かったんですわ! 聞けばあの夜、離れの部屋で二人きりで過ごしたとか。なんでその時にやっちゃわないんですの!」
「お、お前、やっちゃうとか、なんてこと言い出すんだ! リナ殿は閣下の想い人だぞ。勝手をしたら俺の首が!」
「お兄様の腰抜け! へたれ! 童貞! 脳筋馬鹿!」
なぜあの夜に兄が行動を起こしてくれなかったものかと今更ながら悔やむが遅い。跡取りであるという自覚から自身を律することにかけては右に出るものもない、非の打ちどころのない伯爵家長男。そんな兄はクローディアの目からみても堅物ではあるが、自慢の兄でもあるのである。
しかし今は八つ当たりのサンドバッグになってもらうしかない。そうでなければ、クローディアの腹の虫がおさまらないのだ。暴言のついでに枕を兄に向って投げつけると、それはぽふっと柔らかい音を立てて彼の胸に当たった。
言うだけ言い放ったクローディアが、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向けば兄が何やらぶつぶつ呟きながら頭をかいているのが視界の端にうつる。また始まった、とでも言いたいのだろう。言わせておけばいい。高慢な伯爵令嬢が悋気を起こして魔王と仲たがいをしたのだと、内外に知らしめられればなお良い。