【番外編】姫騎士クローディアの憂鬱 ②
「わたくし、ヴェンさまが戦の後始末をするためにこちらへ別荘をお移しになったときいて、急いで参ったんです。貴方のお世話をするために。それなのにどうしてこんな」
「そうだったのか。それは助かるよ。事後処理とはいえほとんどが土木工事なんだ。現場で指示を出す者の手が足りなくて困っていたんだよ。ねえリナ」
「……え、ええ、まあ、それは私も出向きますし……というか、むしろ私がやらないとまた無駄遣いするでしょうし……」
「いやだな、リナ。もう私とて昨日までの私ではないよ。君の愛ですっかり生まれ変わった気分さ。いや、ちがうな。もはや全てにおいて君がいなければいけなくなってしまったよ。仕事も、食事も、もちろん夜も」
「いや、待って下さいって。クローディア様がいらしてますし、そんなことよりえっと、ああそうだ、さっきナナカが請求書がどうとか言って――」
「待ちたまえ。君はわたしと過ごしているときに部屋の外を気にしていたのかい? 悪い子だ。そんな君にはお仕置きが必要なようだね」
「仕事は仕事ですってば。お仕事が滞れば、また人間界と揉めちゃうかもしれないじゃないですか!」
「それは困る。しかしリナ、今回は本当に君が無事でいてくれてよかった。昨晩に君のぬくもりを感じるまで、生きた心地が――」
「そんなことはどうでもいいんですのよ!」
明らかに怒りの気配に引きつっているリナと、それを全く意に介していない魔王のいちゃいちゃを見せつけられたクローディアが金切り声をあげた。
「ヴェンさま! 貴方にはほんっとーーーーーーーに失望致しました! このわたくしという婚約者がありながら人間の小娘と浮気するなんて!」
許せません、という言葉は飲み込んだ。そうではない、自分はこの魔王に「失望」したのだ。
だって分かってしまったのだ。
自分という幼い頃からの、親同士が決めた婚約者を目の前にしながらも、リナへの態度を隠さない魔王に。彼女に向ける穏やかな表情に。
あんな顔を見せられれば見苦しく足掻くだけ時間と自分の感情の無駄である。
「いいですこと、ヴェンさま。 只今、本日のこの時間をもって、貴方とわたくしの婚約は解消させていただきますわ」
「なんだって」
「これより先は貴方の婚約者のクローディアではなく、伯爵家の、騎士団副長のクローディアでございます。ごきげんよう!」
威勢よくそう告げて踵を返すと、眉を吊り上げたままクローディアは魔王の別荘を後にしたのだった。
「クローディアって、私の婚約者だったのかい?」
「……知りませんよ、そんなこと」
あとに残された二人の間抜けな会話は、幸いなことに彼女の耳には届かなかった――。