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【番外編】ある夜、勘違いに翻弄される②

 二つの花束を見たナナカはさっそく花器をいくつか用意して、たくさんある花やグリーンを手早く生け直してくれた。こういった素養がない私は、彼女の手際の良さを賞賛することくらいしかできないが、本当にすごい。どの花器にもバランスよく生けられていて、部屋の景色が一変していい香りで満たされた。


「ちょうど前のお花が終わる時期だったので、全部入れ替えられてよかったです。お部屋が寂しくならずにすみました~」

「手間かけて悪いけど、さすがナナカ。きれいにしてくれてありがとう」

「とんでもない。それにしてもこちらのお花は魔王様にしてはかわいらしいものを選ばれましたね~」


 ヴェンディのユリを生け終わったナナカが、もうひとつの花束を手に取りしげしげと見つめて呟いた。

 彼女の目にも「らしくないもの」と見えるらしい。普段贈られ慣れているものに比べると確かにかわいい。

 私がなんて返していいか分からず曖昧に笑っておくと、ナナカはそれ以上追及もせずに花を飾ることに没頭し始めた。それを横目に見ながら、私は手に隠しておいたカードをこっそりと開いた。


――親愛なる貴女へ


 そんな書き出しから始まるカードの文は、ちょっとたどたどしい文字でつづられていた。普段見慣れているヴェンディの流麗なペン遣いのものではない。やはり全くの他人が寄越したものなんだろう。


――ひと目お見かけしたときからお慕いしておりました。願わくば、この花を貴女のお傍においていただけますよう。


 差出人の名前はない。

 小さなカードいっぱいに書かれたそのメッセージはとても控えめで、不審に思うのと同時にその奥ゆかしさから不覚にも胸が高鳴ってしまう。

 いつも強引極まりないヴェンディと一緒にいるからだろうか、なんか、いい。ヴェンディが悪いというわけではないけれど、いやあのどんぶり勘定はいただけないからやっぱり良くないけど、自信たっぷりに愛を囁かれるのとときめき具合が違うのだ。


 しかしこの花束の料金を経費扱いしたのではという疑惑が付いてくる以上、やはりこれはちゃんと誰が寄越したものなのかはっきりさせるべきだろう。

 私はくるくる働いているナナカを呼び止めた。


「ナナカ―」

「はーい、なんでしょう」

「ちょっと」


 手招きするとエプロンで手をふきふきナナカが駆け寄ってくる。まだあどけなさの残る風貌をしているが、ダークエルフの彼女はすでに百歳を超える大人である。魔王城に勤めて長いし、結構城内のことにも詳しいし、と私は手に持ったカードを彼女に見せた。


「こういった文字に見覚えはない?」


 ん、とナナカが身構えた。差し出されたカードを手にとって良いものか一瞬悩んだ表情を浮かべたが、私が頷いて見せるとそっと受け取って書かれた文字に目を走らせる。


「……えーっと、これは……魔王様、が下さったもの、じゃないですね?」


 普段のんびりしているナナカの声音が少し硬い。言葉を選んだ風で実はそれほど選ばれていない言葉に、私は再度頷いた。


「てことは、その……いいんですか?」

「いいんですかって?」

「その、魔王様じゃない方にいただいたお花なんですよね、これ」

「分かる?」

「いつもと系統が違いすぎますので」


 ですよね、と私は花器に移し替えられる途中の小さな花束に視線を送った。


「筆跡自体には見覚えはありません。でもなんとなくこういう文字を書く方々は存じてます」

「方々って、どういうこと?」

「手習いの環境なんでしょうか、種族ごとに書く文字に特徴がでることがあるんですよ。魔王様やダークエルフ、コボルト族なんていう手先が器用な種族と、ちょっと不器用な種族とでかなり文字の形状が違うんです」

「なるほど。じゃあこういったたどたどしい字を書く種族って、例えば?」

「ゴーレムの方々や、体の大きなサラマンダーの皆さん、あるいは」

「うん」

「ワーウルフの皆さんも、肉球と爪が邪魔してちょっと文字が歪むことが多いです」

「なるほど、そこらへんの人が……」


 でも、とナナカが表情を曇らせる。


「魔王様がこれをお知りになったら、ちょっと困ったことになるのでは?」

「ん……やっぱり?」

「当然ですよぅ」

「だよねぇ……」


 ナナカの言わんとしていることは十分理解している、つもり。魔王ヴェンディの、私への執着ぶりは傍目に見ていても相当だということも分かっている。城主の恋人と目される女へ、匿名とはいえカード付きの花束を贈ったと知られたらどんなことになるか。

 ヴェンディからは咄嗟にカードは隠して彼のお花を褒めたので気はそらせたと思うけど、なんだかんだいって腐っても相手は魔王である。何かの拍子にバレないとも限らないしそれを隠しておいて良いことはない、とも思う。


「どうしたらいいと思う?」


 彼女が答えに窮すると分かっていても、ついつい私はナナカに尋ねてしまっていた。

 ナナカの方も困ったように眉を下げ、考え込む素振りを見せている。形の良い彼女の薄い唇も、すっかりへの字型である。

 結局二人で小一時間考え込んでしまったけれど、答えは得られなかった。


「とりあえず仕事に戻るわ。月末近いから請求書の取りまとめしてこなきゃ」

「はい、承知しました。お食事は魔王様とご一緒にと連絡が来てましたので」

「うん、直接食堂いく」


 いってらっしゃいませ、というナナカの声を背に、私は自室を出て事務室へと向かった。



★  ★  ★  ★  ★



ちょっと留守にしていただけで、事務室前のポストには請求書や納品書、魔王あての親書やら見積書、購入依頼状などさまざまな書類が投げ込まれていた。さすが月末。予算の締めも近いからって、駆け込みでいろいろ発注しすぎである。

 でも納品管理がここでないだけまだマシだろう。隣の部屋からはまた別種の叫びが聞こえてくる。総務や庶務は城内のあらゆることに対応をさせられているし、財政のことだけ考えていればいい私とはまた違う忙しさと聞く。

 しょうがない、と私は書類の束をもって部屋へと入った。今日の夕食までにどこまで終わるだろうか。

 げんなりしながらもそれらに忙殺されているうちに、花束やカードのことなんてすっかり忘れ去っていた。



 そこから数時間。日もとっぷりと暮れたころ、ようやく請求書の仕分けと支払い手続きのめどが立ったところで私は腰を上げた。

 ずっとデスクで書類仕事をしてたせいで肩と背中がバッキバキだ。転生したって結局社畜根性というか、ワーカホリックなところはあまり治らないらしい。

 でも机の上の仕事の成果を見ると、ちょっとだけどんなもんだいという高揚した気分になる。達成感ってやつ。

 時計をみるとすでに夕食の時刻に近い。ぱたぱたっとスカートの皴を払って、私は事務室を出た。


「……ぶっ、ぅわっ」


 ドアを開けた途端、視界いっぱいに広がる黒いものに顔をぶつけた。ややごわつくそれは私がぶつかってもびくともせず反対に弾き飛ばされそうになってなんとか踏みとどまる。当たった鼻をさすりながら見上げると、開けたはずのドアが閉まっていた――もとい、ドア枠いっぱいに絨毯が詰まっていた。


「……何これ」


 部屋に入るときにはなかった代物だ。あったら入れない。触れると温かいそれは、ちょっと固くて毛足が長い部分の奥にやわらかくて短い毛がみっちりと植えられている、ダブルコートの絨毯である。


「何これ、納品物? 絨毯なんて、買ったっけ?」


 ここ数日の発注品について記憶をあさりながら絨毯をつんつんとつつく。すると絨毯の向こうから野太い声がして視界が広がった。

 誰かどけてくれたのか、と思ったけどそれは勘違いだった。そもそも、それが絨毯だということが大きな間違いだと気づいたのは、戸口で振り返ったそれに獣人の顔が付いていたから。

 

 私が絨毯だと思ってつついていたのは――獣人族のうち、特に巨躯で毛深く剛腕のワーウルフだったのだ。

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