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【番外編】ある夜、勘違いに翻弄される①

【番外編】です。


 はて、と私は一枚の請求書を片手に首を傾げた。


 宛名は魔王城のヴェンディなのはまあいい。これは魔王城の支払いが全てヴェンディ名義だから。

 しかし列挙されている品物は、城で発注した記録も購入したという記録もいずれもないのだ。というより魔王城では特別必要なものではない。軍備に使うでもなく、食料にするでもない。なんなら外部から購入せずとも、むしろ庭師に頼んでおけば適宜きれいな時期を見繕って持ってきてもらえるもの――つまり、花である。

 バラ、ガーベラ、マーガレット、デルフィニュウムにミモザにスプレーマム。その他グリーン類も併せて、納品された量は大したことないけど色とりどりでかなり豪華そうなラインナップだった。

 

「いったい、誰が買ったんだろ……」


 犯人(というのはどうかと思うが)の心当たり第一号はもちろんヴェンディである。私を雇いあげてからというもの、ことあるごとに自室や事務室へ花、ドレスなんかを送り付けてきているからだ。

 頂いた花に罪はないので侍女のナナカに頼んで飾ってもらったりドライフラワーにしてもらったり、いろいろ使ってはいるものの、ドレスや宝飾品はクローゼットに収まりきらなくなる前にやめてほしい。

 それら全ては魔王のお小遣いから支出しているとは言われているものの、そこを節約して別のことに使ってほしいと思うのは贅沢なんだろうか。しかも請求書はなぜかこの事務室宛てに届くので、贈られた花の値段が分かってしまうのでちょっとどころではなく心苦しい。


 しかし今回のこの花の請求書はどうやらヴェンディではない。桁が二桁少ないのだ。

 請求書の店名もヴェンディ御用達のものではない。

 ということは、彼ではなく他の誰かが買ったものという可能性が高い。


「でも、こんなお花が納品された記録もないし……私用でだれか経費扱いにしたのかしら」


 だとすればちょっと問題だ。額は大したことないけど我が魔王城は常に緊縮財政なのである。鷹揚といえば聞こえはいいが要するにどんぶり勘定のヴェンディはいいよいいよと言うだろうけれど、私用で使ったとなると横領問題にも発展するかもしれない。

 調べなきゃ、と私はデスクから腰を上げた。


★  ★  ★  ★  ★


 城の中の花を飾っていそうなところをざっと点検しにいったけれど、それっぽい花束(あるいは花)は見当たらなかった。

 そりゃそうだ。ここは城とはいえ魔王城。魔王ヴェンディの居住区域と謁見の間以外は、魔王麾下の魔王軍の職場である。オークやコボルトのおじさんたちやサラマンダーやリザードマンの部隊の武器防具の倉庫があったり、訓練施設があったり、待機所だったり各部隊長の執務室があったり。軍事施設といえる城に、花を飾る場所はそう多くない。

 数少ない花を飾るスペースといえばヴェンディの執務室関係や謁見の間、それと居住区域と私たちの女性の生活区域。そこだって庭師と侍女たちが季節や好みに合わせた花を飾るくらいで、そこにあるものは見慣れているいつものお花だった。

 城の中にないとなると、ますます私的流用の可能性が高まってしまう。事態はあんまりよろしくない。ひょっとしたら侍女の誰かが買ったとか、侍女の誰かに贈るために買ったとか、そういう話になってくるかも。とすると、下手に探して騒ぎにするのもかわいそうだし、でも横領という事態になるならちゃんと調べなきゃいけないし。

 私は眉間に寄った皴を指で伸ばしながら事務室へと戻った。


 するとだ。


 鍵を閉めたドアの下に小ぶりの花束があったのだ。

 拾い上げて束の中を確認すると、花の種類もバラやガーベラなどあの請求書にあったものと一致する。


「いつもよりずいぶん小さいけど……てことは、やっぱり」

「やあリナ。そんなに険しい顔は君には似合わないよ。この花のようにほら、笑ってくれたまえ」

「……ヴェンディさま」


 案の定、私の背後から朗らかな声が聞こえてきた。鷹揚に服を着せた人物。魔王ヴェンディである。

 帰ってくるのを待ち構えていたのだろうか。普段使わない花屋の花束まで用意されて余計な心配ごとを増やされ、ムカムカしながら振り返る。


「今日も美しい君に似合う花を用意したよ。香りもほら、格別に良い」

「ヴェンディさま、お花は結構ですといつも言ってますよね……あれ?」


 ちょっと手続きの大事さと無駄遣いについて説教してやろうと思ったのに、私の目はヴェンディの胸元にくぎ付けになってしまった。

 なぜなら、そこにはグリーンを中心にした大きな花束が抱えられていたから――。


「どうしたんだい?」


 固まってしまった私の顔を、ヴェンディは訝し気にのぞき込んできた。


「えっと、あの、ヴェンディさま。今日の花束は……」

「ああ、これかい? 君の髪の色と今日のドレスに合わせていつもの花屋に作らせたんだ。ちょっと城下にいく用事もあったものでね。ん? それは?」


 うっとりと花束の香りを楽しんでいた魔王の目が、ドアの下の花束に気が付いたようだ。すうっと瞳が細くなり、視線を私と花束に行き来させながら小首をかしげた。


「あの、この花束は……?」

「ずいぶん可愛らしいブーケだね。これは?」

「ヴェンディさまが下さったものでは?」

「この私が愛するリナへ贈るものを、そんな風に置いておくと思うかい? しかもこれと比べて小さいじゃないか。私の愛を表すのに、そんなに小さくっちゃ足りないよ」

「……てことは」


 違う誰かだ。

 探るような魔王の視線を感じながら花束を拾い上げると、グリーンとリボンの間に目立たないように小さなカードが付いていた。直感的にマズイと判断し、手のひらの中にそれを隠して振り返る。

 そこにいたヴェンディはおかしいくらいに頬を膨らませていた。


「私の花よりそちらを先に手に取るなんて、ずいぶんじゃないか」

「子どもですか」

「そりゃ、そっちの方が色が可愛らしくて、君の好きそうな雰囲気かもしれないが……」


 相当に拗ねて唇を尖らす魔王の表情はさっきとそれほど変わらない。カードの存在はバレていないようだ、とちょっと胸をなでおろす。なんとなく、誰がくれたにせよ、このカードを見られたらマズイと思ってしまった。中身は知らないけど。


「はいはい、ヴェンディさまのお花もありがたくいただきます。今日のお花は青が多いんですね。豪華で、いい香り。これは、ユリですか? キキョウ? すみません花には疎いもので。でもこの色のお花、大好きです」


 大きな花束へ顔をうずめるようにすると、胸いっぱいにさわやかな芳香が満ちていく。そんな私を見て満足そうに魔王は頷いた。


「キレイだろう? これはユリだよ。君の雰囲気に合わせたんだ」

「ありがとうございます。お花を持ったままでは仕事になりませんので、いったん部屋へ下がらせていただきますわ。ナナカにきれいに飾ってもらわないと」

「そうだな、そうしたまえ。今晩は夕食を一緒に摂ろう」

「かしこまりました、では後程」


 ああ、と頷くとヴェンディは私に背を向け自分の執務室の方へと去っていった。追及されるかと思ったけど、自分の花を褒められて気分が良くなったんだろう。ほっと胸をなでおろし、私は手元の小さな花束を見つめ自室へ向かったのだった。

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