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ある昼、東奔して西走する⑥

 銅鑼のような大きな怒鳴り声に耳をふさぎたくなる。でもなるほど、良く通る声だ。軍隊でえらくなるには大きな声も必須ということなのか。私は顔をしかめないように、震えがばれない様に、意識的に口角を上げて笑顔を作りながら再び会釈を行った。


「魔王、ヴェンディさまの配下でリナと申します」

「何用だ!」

「戦を回避するために遣わされました。我が主は争いを好まず、人間との共存を望んでおります。紛争のもととなったこの貧しい山間部に両者共同の産業を開発したいという案をお持ちいたしました。ぜひ王様へ直接ご説明と、お願いをさせていただけますでしょうか」

「共同開発だと?」


 ぶんっとランスが空を斬った。


「そのようなことが信じられるか! 王に聞かせるまでもない! 開発と称して我らが王領を侵食し、その後滅ぼしに来るつもりだろう!」

「すぐに信じていただけるとは思ってはおりません。しかし我が主が戦を望んでいないのは、代替わりして以来一度も人間の領地へ攻め入っていないことが何よりの証でございます。過去の遺恨はありますが、時代も変わりました。可能であれば友好な関係を築きたいと、我が主は仰せです」

「何をムシの良いことを! 貴様ら魔王軍がどれだけ人の世界を蹂躙してきたか……! 聞けば当代の魔王は随分と腰抜けらしいではないか。このような場に自ら出ることもなく、女を使者に立てて自分は領地の奥でガタガタ震えておるのだろう」


 騎士の表情は装飾がたっぷりついた大きな兜と仮面によって全くうかがい知れない。目元だけが開き、ぎろぎろと血走った彼の目が垣間見えるだけだ。けど、口調からはおそらく、いやほぼ確実に、ヴェンディを小馬鹿にして笑っているのだろうということは分かった。想像しただけで、ぐわっと腹の奥そこから怒りが込み上げた。


「貴様、よく見れば人間の女ではないか。なぜ人間が魔王の使者になっているのだ」

「わたくしの事情は、この場では関係ございません」

「おおかた魔王の色香に迷って側女にでもなったのだろうよ。魔術でも使われたか? それとも自ら我ら人間を裏切ったか」

「そのようなこと……!」

「欲に溺れ腰抜けの魔王に仕えたこと、不運と恨むがいい。我らは決死の覚悟で貴様たちを滅ぼすため戦いに来たのだ。どれほど魔王軍が強大であろうと、主たる魔王が腑抜けではいずれ勝負はつく。あそこを見ろ。あれに見える貴様らの軍勢は確かに強い。騎士団長のクローゼとその麾下は我々をことごとくなぎ倒すだろう。あやつが魔王であればと悔やむがいい。しかしだ。英雄と呼ばれる騎士が三人もやられれば、その命を贄とした勇者が誕生し、クローゼもろとも腰抜け魔王を倒す。そして我らが、人が、世界を統べるのだ!」

「うるさーーーーーーい!」


 ぶつん、とどっかで血管が切れた。古典的だろうとなんだろうと、理性の糸がぶちキレた私が、目の前に突き付けられたランスを思いっきり殴りつけた。

 痛い。痛いけど! でも!


「腰抜け腰抜けうっさいのよ! 確かに魔王は今、人間と勇者が怖くてでべそべそ泣きながら屋敷のベッドで震えてるわ! そんなことは見ず知らずのあんたに指摘されるまでもなく、この私が一番よく知ってるし、なんなら今さっき見てきたわ! 怖がりで、でも見栄っ張りで、偏食で、部下にいい顔ばっかりして、どんぶり勘定の頼りない腑抜けた魔王よ! けどねぇ!」

「な……!」

「うちのヘタレ魔王はね! 単に怖いから逃げてんじゃないのよ! 戦なんてしたら双方に被害が出るからいやだって言ってんの! 魔王領のものだけじゃない、人間の命に被害を出したくないって! だから戦をしたくないっつってんのよ!」

 

 優雅な物腰の魔王の使者、としての態度なんてどっかに飛んでいった。夢中で怒鳴りつける言葉は相当うちの魔王をディスってる。本人が聞いたらショックで寝込んでしまいそうだけど、今はいないからと忖度なしでぶっちゃけた。


「ヘタレはヘタレなりに考えてんのよ! あんたたちだって自分とこの領民が苦しむの見たくないんでしょ? 自分とこの領民の生活守りたいんでしょ? うちの魔王だって同じよ。魔王領のものだってフツーに生活してんのよ。私を拾って仕事をくれたのも、目の前で困ってるやつがいたら人間だろうとほっとけないっていうヘタレなりの配慮よ。戦なんてしたがってない。いい落としどころを戦以外で探ってかないかって提案してんだから、つべこべ言わずにあんたたちの王に取り次ぎなさい!」


 騎士の後方で歩兵の一団にざわめきが広がった。


「き、貴様……」


 馬上で騎士の鎧が小刻みに震え、カチカチと金属がぶつかる音が聞こえた。重たい甲冑の裏側で、おそらくは顔を真っ赤にしているのだろう。にらみつける目がさらに血走り、構えたランスは筋肉の震えを穂先に伝えて狙いが定まっていない。

 誇り高い英雄は女に怒鳴りつけられていたくプライドを傷つけられた様子で、言葉にならないうめき声しか漏らさない。私はこいつに取次を依頼するのをあきらめ、その背後にいる歩兵へ視線を動かした。

 その時だ。


「敵陣、移動を開始しました!」

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