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ある昼、東奔して西走する④

「まってまってまってぇぇぇぇぇぇぇ!」

「マッテタラ、ツカナイ。クローディアサマ、モノスゴク、タンキ。ニンゲン、ケシズミ」

「だとしても待って! この風圧じゃ落っこちちゃう!」


 竜を説き伏せていざ出陣。

 とまあ威勢よく彼の背に乗せてもらったはいいが、飛び立った瞬間からすさまじい風圧と気温の変化に私は悲鳴をあげて彼の背を叩いた。

 寒い、というより痛い、さむい、イタイ。そして怖い。

 巨大な竜の背は固い金属質の鱗でおおわれていて、その巨躯ゆえに無駄に広い。飛行の際に風を遮るものもなく、そして万が一の落下を食い止める安全柵なんていうものもあるわけがなく、風に飛ばされたら真っ逆さまに落下してしまうだろう。あまりの恐怖に屋敷から何メートルも離れないうちに泣きをいれた次第である。


「オマエ、ヨワ……」

「し、仕方ないじゃない! 人間だもん!」

「ニンゲン……ヨワ……」


 緊急着陸するとすぐに片言の竜に激しく呆れられた。というより明確に馬鹿にされ、これ見よがしにため息を吐かれるが、実際返す言葉がない。

 竜にのってばびゅーんと行っちゃえば直ぐ着けるなんて、乗ったことのない人間が考える浅知恵だと断言できる。だって立ってもいられない、座ってもいられない。せいぜい風の抵抗をできうる限り低くするために彼の背に腹ばいになって、鱗にしがみつくくらいである。そしてそれがどの程度続けられるかといえば、ほんの数分。ほんの数分で腕の筋肉がバカになる自信がある。

 これじゃ前線までどのくらいの距離があるのかよくわからないけれど、人間の王の所にいつ着けるか分からない。クローディアやクローゼが人間の軍と衝突したら、もう止めることができないかもしれない。

 ぐっと唇を噛む私に、竜がまたため息を吐いた。


「クローゼサマ、ボクニノル。ジョウズ。タヅナ、モツ。ケド、タヅナ、ナイ。オマエ、モテナイカラ、シカタナイ」

「え?」

「ボクニノル、ムリ。ダカラ、ボク、カッテニ、ハコブ」

「えぇ?」


 どうやって、という言葉は飲み込まれた。いや、比喩ではなく。

 私ごと、彼の口の中へ。


 あんぐりと開けられた竜の口はまるで日本でよく見た平屋の一軒家くらいの大きさだろうか。中からしゅるりと伸びた長く赤い舌に私の体はあっという間に絡み取られ、彼の口へと引きずり込まれた。


「え? なっ! なんでっ?!」

「コウヤルノガ、イチバン、キケンナイ」

「ええええ?」


 パニックに陥って情けない声をあげ続ける私とは反対に、いたって落ち着いた声音が彼の口内で反響する。長い舌は発声にはあまり関係してないのか、と私の中の冷静な部分が分析するが、それにしたって体を舌でぐるぐるにまかれてデカイ竜の口になかに収納されてパニクるなって方が無理だろう。

 口が閉じられ一瞬視界が闇に覆われた。ぐっとGを感じたってことは、彼が飛び立ったということか。しかしすぐにその圧力は弱くなり、暗闇に一条の光が差し込んだ。彼が薄く口を開けてくれたのだ。

 するとそれまで私の体に巻き付いていた舌が解かれた。自由になった体でおそるおそる光の差し込む隙間の近くに歩み寄る。家の柱より太そうな歯にしがみつきながらそうっと隙間をのぞき込むと……。


「うわぁ……!」


 眼下に広がる絶景に思わず声が漏れた。森の深い緑と太陽の光、遠い山の赤い姿、薄くたなびく白い雲。それらの風景が竜のはばたき一つであっという間に後ろへと流れて消えていく。


「すごい、すごい、きれい、速い!」


 さっきは周りなんて見ている余裕も何もなかったけど、これはすごい。飛行機に乗っているより風景が鮮明で、でも風のように速くて、そしてパノラマ。

 うすく開けた彼の口はうまく風や空気の流れを遮る機構になっているのか、隙間風もほとんどなく、私はただ飛ぶように過ぎ去っていく風景を満喫できた。


「ありがとう、竜ちゃん。これなら落っこちないし、飛んでいく方向もちゃんとわかる。こんな方法があったのね。食べられちゃうかと思ってびっくりしたけど、機転きかせてくれてありがとう」

「キテン?」

「うん、口に入れて乗せてくれるなんて、よく考えついたね」

「ウン、ニモツ、ハコブノ、オナジ」

「……あ、そういうことね」


 要するに貨物扱いということか。まあ彼の背中で恐怖と体力の消耗でびくびくするよりずっといい。そして別にここは湿ってもいないしべたべたするわけでもない、竜の口の中ということを加味しても快適と言っていい。


「竜ちゃん、あとどのくらいで着く?」

「アト、ウーン、トオク。モウスコシ、アノ、アカイヤマ」


 竜が言うのは進行方向まっすぐ前の、ちょっとまだカスミがかかって見える程度に遠い山のことか。私は頭の中で、さっき見た地図とグリンクツなどの鉱山や温泉地の形状や経営状態の表を広げた。

 停戦のちょっとしたアイデアを思いついて飛び出してきたはいいものの、うまくプレゼンするためにはもう少し考えを練る必要がある。プレゼンの資料もないし、口先だけでどの程度むこうがその気になってくれるかは、話のもって行き方によるだろう。魔王の配下とちゃんと話をしてくれるかどうか、そこも疑問だ。

 ある種の賭けであることは確かだった。

 頼む、まだ戦うなよ。どこにいるか分からないけど、そっとクロ―ディアにお願いすると、想像の彼女はぷいっとそっぽを向いて唇を尖らせてしまった。

 まあ、そうですよね。

 たとえ彼女へ伝令が間に合ったとしても、私のお願いなんて聞いてくれるわけもない。クローゼならともかく、むしろ彼女なら率先して戦の火ぶたを切って落とそうとするに違いない。

 であれば、やはり急がないと。そして。


「ねえ竜ちゃん。私のこと下ろしたら、そのままクローゼさまに戦を止めるようにお知らせに行ってくれる? 私が人間の王と話してるから、私がいいというまで戦闘はダメって」

「ボク、クローゼサマ、オシラセ、スル」

「うん、ありがとう。でね、もしクロ―ディアさんが戦おうとしてたらそっちも止めて」

「ムリ」


 二つ目のお願いは秒で却下される。


「クロ―ディアサマ、ボク、イイコネ、イウ。ソシテ、スグ、ニンゲン、ケシズミ。トメル、デキナイ」


 なぜ、と問う前に聞かされる答えは、なんかものすごく納得というか、うん、そうよね、というか。要するに火が付いたクロ―ディアは誰にも止められないということだろう。

 であればやはりコトは一刻を争う。

 どう話す、どう説明する。あの近辺の山に資源が眠るかどうかは賭けだし(多分あるだろうけれど)、あったとして共同開発、共同運営の旨味を人間が納得しなければ剣を引いてはくれないだろう。そしてこっちがだましていると思われないよう、誠意を見せないといけない。

 案外面倒な、いや結構困難なミッションだ。ぶるっと肩が震える。

 しかしやり遂げなくちゃ。

 生前のプレゼン資料作りの記憶を総動員して、私は思考を組み立て続けた。

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