表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/78

ある夜、月の灯りに惑う②

今回は15歳未満のお友達にはちょっと目の毒もあるかもしれませんので、悪しからずご了承ください。

「美しく、頭の良いという噂ですよ」


 素晴らしい、とクローゼが呟いた。対する私はそんなに褒められるとは思ってもいなくて、なんだかとても居心地が悪かった。

 仕事ぶりだけならともかく、美しいと褒められるのは悪い気はしない。けど今回はその仕事だって香辛料やハーブが手に入らなければ絵に描いた餅だし、そのハーブがそろったところで私が見たって実際どれがどれなのかわからないんだから。



 そしてクローゼに促されるまま使用人部屋をあとにし、月を望めるこの客室へ来たのがついさっき。

 そして当の騎士団長様が膝をついて私の手の甲へキスをしたのが数分前。

 この流れのどこかに、今目の前で熱っぽく見上げてくるクローゼの心の琴線に触れたことがあったんだろうけど、いったいどうしてこうなったか私自身は全く分からない。

 ただ、常日頃ヴェンディという鷹揚なくせにちょっと繊細で泣き虫で、けれどもやはりおぼっちゃまの尊大さと自信を兼ね備えた魔王と接しているせいか、こんなお姫様みたいに扱ってもらえるのは新鮮で。そして言葉は無いものの真っすぐな瞳が誠実な愛を告げてくれそうな予感がして。クローゼを目の前にした私の胸が高鳴っていくのは自覚できた。


「あ、あの……」


 熱い沈黙に耐え切れず、とうとう私は口を開いてしまった。

 それがきっかけだったんだろう。はっとした表情でクローゼは手を離した。とがった耳の先まで真っ赤になって、その色を見ているこっちまで気恥ずかしくなってしまう。


「あの……クローゼさま……」

「失礼しました、私としたことが、その……」


 貴女に見惚れてしまった、という無声音は口の動きで伝わってしまった。大きく心臓が跳ねた。

 ヤバイ。これは、ヤバイ。凛々しい騎士殿のこんな様子、反則級の可愛さだ。

 口から飛び出してしまいそうなほど激しく跳ね回る心臓が痛い。この動揺を表に出すまいと私は必死に抑えつけて無表情を装った。私はオニの事務員、オニの事務員と呪文のように頭の中で繰り返す。


「ご無礼いたしました。よく、お休みください……」


 儀礼的な敬礼をし、私を一瞥もしないままクローゼは背を向けた。助かった、こわばった表情筋がほんの少しだけゆるむ。このままの時間が続けば、衝動的に彼を抱きしめようとしてしまったかもしれない。そうしたらこの胸が高鳴っていることばバレてしまっていただろう。

 そしてクローゼがさっき使用人部屋に来た時と同じように、いや、もっと足早に部屋を出て行ってしまうのを私は胸を押さえながら見送ったのだった。



――助かった。


 盛大なため息をつきながら、私はベッドに倒れこんだ。使用人部屋の硬いマットとは違い、ふんわりとした羽毛だろうかやわらかいマットに体が沈む。体内からはドキドキとうるさい鼓動が、こめかみまで達してきたようでちょっと頭が痛かった。


「かわいかったー……」


 凛々しい騎士の顔とは全然違う。こんなギャップを見せつけられたら、こりゃ女ならコロッと行っちゃうだろう。これが乙女ゲームとやらの世界ならばあの騎士団長も攻略対象になるに違いない。

 いや、今の私だってコロっと行きかけた。でもすんでのところで踏みとどまったのは、ヴェンディのことを思い出したからだった。

 そう。今頃は別の客間のベッドでクロ―ディアの肌と乳を堪能しているだろう、私の雇い主のことを。

 思い出すと、ネットのいかがわしい広告と二人の姿が重なってしまって舌打ちをせざるを得ないが。


 別に彼のことが好きだとか、そういうんじゃない。操を立てているとか、そんなこともない。

 でもなんとなく、彼とのことが何にもはっきりしないうちに別の男とどうなるなんて、それこそ不誠実ではないだろうか。……あの魔王が誠実かどうかは置いといて。


 分厚くやわらかい掛布団に埋まりながら、胸元にある石に触れる。この間、ヴェンディが贈ってくれた宝石だ。淡い緑色が私の髪色によく似あうといって首にかけてくれた。その時、愛しいとか、愛という言葉を並べていた彼の声がとてもむなしく耳に蘇る。


「……ヴェンディさまの、うそつき」

「心外だね」


 え?


 思いがけないほど近距離で、たった今想像していた声が聞こえて私は跳ね起きた。

 上半身を起こして振り返ったその場所には――。


「ずいぶん私を呼ぶのが遅かったじゃないか、リナ。ベッドで待っていろと言ったが、いつまでたっても呼んでくれないから待ちくたびれて寝てしまいそうだったよ」

「ヴェンディ……さま……?」


 ベッドに突っ伏していた私の隣で、いつの間に来ていたのかスーツを脱いで緩めたシャツ姿の魔王が艶然と微笑んでいたのだった。


「な、なんで、ちょっと、いつからっ?」


 突然のことにびっくりしすぎてベッドから転げ落ちそうになる私を抱き上げ、ヴェンディは胸元の宝石を指さした。テリのある輝きは月明りの乏しい室内でもはっきりとわかるほど美しい。


「君が私を想ってこれに念じれば、どこへだってすぐに駆け付けられるように細工をしたのさ。どれほど遠くにいたとしても、これでいつでも君を抱きに行ける」

「へ……? な、なに? なにそのストーキング機能……」

「言わなかったっけね?」


 そんなの聞いてない。聞いてたらもらってない。

 激しく首を振るが、魔王はそんなことおそらく聞いちゃいないし見てもいない。ふわりとお姫様抱っこされたのちにベッドへ下ろされると、唇に彼のものがそっと触れた。


「今朝の続きをしようじゃないか。ベッドで、と言っておいただろう? 朝からじゃまばかりで、ずっとこの時を待っていたのに」

「待って、ベッドでって、あれ本気だったんですかっ?」

「本気に決まっているだろう。私が君の肌にやっと触れることができたんだよ、そのまま終わりにできるとでも思っていたのかい?」

「いや、待って、待って。じゃ、クロ―ディアさんはっ?」


 覆いかぶさってこようとする魔王を両手で押し返しながら、私はあの豊満美女の名を出した。自分で言っておきながら胸が痛むのは、もうどうにもならない。夕方に屋敷へ着いて、既に何時間も経っている。どうせ大したデリカシーもないだろうから、その間に一戦交えてきたなんて言ったらぶっ飛ばしてやろうと思った。

 しかし予想に反してヴェンディは困ったように首を振り、それがね、といたずらっぽく笑った。


「どうしても手料理を食べろと言うから部屋でまっていたんだけど、持ってこられたのは子どものころから不得手な野菜でね。調理法も従来のものと変わらないから、食べたように幻を見せてきたよ。ちょっとしたお香なんだけどね、昔からあの子にはよく効くんだ。今頃は気分よく夢の中じゃないかな」

「……ほんと?」

「本当だよ」

「なんにも、してない?」


 自分でも信じられないくらい、拗ねた声が出た。ふふっと笑ってヴェンディが唇を寄せる。やわらかいそれが私の唇をふさぐとき、「してないよ」という声が振動で伝わった。


「私はリナを愛しているんだよ? リナに触れたくて今日一日ずっと我慢していたというのに、これ以上焦らさないでおくれ」


 そういうと、ヴェンディは私の腕を自らの首に絡ませ体ごと覆いかぶさってきた。今度は私もそれを押し返さず受け止める。心地よい重みに驚くほどほっとする。

 やわらかく押し当てられた彼の唇の隙間から、「愛しているよ、リナ」というつぶやきが何度もこぼれた。それに応じるように絡めとられた舌を伸ばし、彼の口の中をまさぐる。熱い吐息が混ざり合いそれがどんどん荒くなっていくが、ヴェンディも、もちろん私も、相手の舌を求めるのをやめようとしなかった。

 何度も何度も、貪るようにキスをしながら、私は瞼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ