王女との出会い
あまり眠れなかった……。
少しふらつきながら王城に向かって歩く、エリオットの足取りは重かった。
昨日が初出勤であったのに、既に騎士になったことを後悔しそうになっていた。
「暗い顔ですね?」
王子の部屋へ向かう途中の中庭に繋がる廊下で何処からともなくそんな声がした。
ボケ~とした目のまま前をよく見ると、数人の騎士を連れた少女が立っていた。
「何なの?視界にも入ってほしくないほどの間抜け面なんだけどーこいつ。」
「もう、セーちゃんったら……そんなこと言っては可哀想よ~。」
「黙っててくれる?キモいから、マキナくん。」
騎士二人の前に立つ少女は苦笑い気味に「ごめんなさいね。」と言った。
「…………えっと…。」
「てゆーかさー、何突っ立ってるわけ?お姫様なんだよ?跪きなよ。」
深く綺麗な蒼い瞳に、白銀の髪を持つ青年は少女の前に出ると、無理やりエリオットの頭を下に下げさせた。
「あ~ら、乱暴は良くないわよ~?」
変なしゃべり方をする金色の瞳と髪を持つもう一人の騎士は、言葉では言いつつも止める気は無いらしい。
「いたた!!何なんですか!!あなたたちは!!」
「セル、マキナの言う通り乱暴はやめて下さい。」
少女の言葉を聞いた青年はチッと舌打ちすると、少女の後ろに戻った。
「えっと……あなたは……。」
「ウィリアムお兄様の新しい従騎士の方ですよね?」
「はい……そうですが……ん?お兄様?」
聞き返したエリオットにマキナと呼ばれた騎士が答えた。
「そう。今あなたの目の前にいるこの可憐で知的でプリティーなお姫様はこの国唯一の王女であるパトリシア殿下よ。」
「マキナ、あまり恥ずかしい紹介はしないでください……。」
恥ずかしそうに顔を赤らめた少女は「よろしくお願いします。」と言い笑った。
「お、王女殿下ですか!!それは失礼いたしました!!!」
その場に跪いたエリオットに、セルと呼ばれる騎士が「ほんと、ちょー失礼だよ。」と言い捨てた。
「頭を上げて下さい。私も自己紹介もせず、話しかけてしまったのだから、大丈夫ですよ。」
慌てたようなパトリシアはエリオットを立たせた。
間近でその時初めて見たパトリシアの容姿は瞬きを忘れるほどに美しかった。
ピンクゴールドの瞳と日の光でキラキラと輝く金色の髪、真っ白な肌はほんのりと色づいており、簡単に制す事ができそうな華奢な身体……。
今まで見たどんな女性よりも美しかった。
「あら、少し腫れていますね?どうしたのですか?」
昨日殴られた頬に手を当てられ、エリオットの顔は真っ赤になった。
「これは!!えっと……!!!」
「それに、目の下の隈も……。出勤前に私の部屋でお休みになりますか?」
エリオットより少し背の低いパトリシアの上目遣いは強烈で、エリオットの頭は真っ白になっていた。
「はぁ?お姫様ー、俺たちの縄張りに、こんな七光りのクソガキ入れたく無いんですけどー。あと、そいつに触らないで。」
「全く、セーちゃんたらそんなこと言ったら自分だって公爵家の子息じゃないの?あなたの事を何も知らなかったら、あなたも七光りになっちゃうわよ?」
「はい、うるさいー。さっき、黙れって言ったよね?マキナくん。」
「やーん、セーちゃんが怖いわ~。助けて~お嬢様~。」
「ちょっと!!お姫様に抱きつかないでくれる!!??ほんっとマキナくんはクソウザイよね?毎日顔合わせるだけで憂鬱になるんだから、さらに煽るようなことしないでくれる!?」
パトリシアに抱きついたマキナを勢いよく剥がしたセルはポケットから純白の絹のハンカチーフを取り出し、マキナが触れたパトリシアの肩を拭いた。
「ったく、俺の大事なお姫様に変態の菌がつくとか最悪なんだけどー。」
目の前のやり取りに取り残されていたエリオットだったが、王城の鐘が鳴った事で我に帰った。
「あ!えっと!!お心遣い感謝いたします。ですが、職務怠慢は善くないので休まず、始業時間より、しっかりと働きます。ありがとうございます。お嬢様。」
エリオットの言葉に「そうですか。」と答えたパトリシアは自身のドレスに飾りとして付けられているリボンを解くと、中庭の噴水の水でそれを濡らした。
「これを……。まだ、少し腫れていますから、冷やした方がいいですよ。お仕事頑張って下さいね
。」
渡された太いリボンを受け取り、頬にそれを当てた。
顔が暑いのは腫れが退いてないからでは無いのは分かっていたが、取り敢えず冷まさなければ茹で蛸状態だ。
「それでは。」と言ったパトリシアはエリオットの横を通り過ぎた。
その後ろから追ってセルが自身の横を過ぎるときに舌打ちをしたのは聴かなかったことにした。
「ばいば~い。またね?可愛い坊や。」
チュッと投げキッスをして過ぎていったマキナにエリオットは眉を寄せたが、先程のパトリシアから貰ったリボンを見つめ、畏れ多いとは思いつつも口付けた。
初めて御会いしたが、本当にお美しい方だったな……。
いつのまにやら、憂鬱だった心は軽くなっており
、足取りも家を出たときよりも数段良くなっていた。