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するとすぐその前に次の戸がありました。
「料理はもうすぐできます。
十五分とお待たせはいたしません。
すぐたべられます。
早くあなたの頭に瓶びんの中の香水をよく振ふりかけてください。」
そして戸の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。
二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振りかけました。
ところがその香水は、どうも酢のような匂いがするのでした。
「この香水はへんに酢くさい。どうしたんだろう。」
「まちがえたんだ。下女が風邪でも引いてまちがえて入れたんだ。」
二人は扉をあけて中にはいりました。
扉の裏側には、大きな字で斯う書いてありました。
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。
もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさん
よくもみ込んでください。」
なるほど立派な青い瀬戸の塩壺は置いてありましたが、こんどというこんどは二人ともぎょっとしてお互にクリームをたくさん塗った顔を見合せました。
「どうもおかしいぜ。」
「ぼくもおかしいとおもう。」
「沢山たくさんの注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。」
「だからさ、西洋料理店というのは、ぼくの考えるところでは、西洋料理を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家とこういうことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……。」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。
「その、ぼ、ぼくらが、……うわあ。」がたがたがたがたふるえだして、もうものが言えませんでした。
「遁げ……。」がたがたしながら一人の紳士はうしろの戸を押そうとしましたが、どうです、戸はもう一分も動きませんでした。
奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、銀いろのホークとナイフの形が切りだしてあって、
「いや、わざわざご苦労です。
大へん結構にできました。
さあさあおなかにおはいりください。」
どうやら日本語を公用語から外すことはほぼ確実らしい。政府関係者の数少ない良識派(注a)から教えてもらった。
理由は日本語のみの使用者は少数になり、コスト的に見合わなくなった(注b)からだという。
ふざけた話だ。
日本語話者が少なくなった大きな原因は政府が火星開拓民に日本語しか話せないものを送り込んだせい(注c)ではないか。
皆それで恐れをなし、帝国語や共和国語を話しはじめたのだ。
日本語話者を送り込んだ理由も、勤勉で誠実な純日本人は栄光ある初期開拓に相応しいとの、上っ面だけの甘言であった。
中には口車に乗せられて旅立ったものもいただろうが、大半は政府の意図は分かっていたと思う。
棄民である(注d)。
分かっていながら、地球にいるよりはと戻れない旅に向かっていったのだ。
火星での生活と労働は大変厳しいものであった。
その環境に耐えきれずに帰国を希望してもことごとく却下され、貧困のまま死んでいった(注e)。
火星で独立の機運が高まっている(注f)との報道があるが、当然であろう。
もし公用語関連の話が本決まりになるなら私にも覚悟がある。
第2.5次世界大戦の「真実」を暴露する(注g)。
注a <良識派>
内部の情報を漏らすのは良識派などではない。犯罪者である。
我々は決して犯罪者を許さない。探し出し、しかるべき報いを受けさせる。
注b <コスト的に……>
何も日本語を話すな、書くなといってるわけではない。単に公用語から外すだけなのである。
政府は貴重な血税を使って運営されているのだから、その使い道に慎重になるのは当然の話だ。
注c <日本語しか……>
誤解である。この文章だと開拓民の全員が純日本人のように書かれているが、当時の資料では日本語のみの使用者は開拓民の82.5%である。
実際は政府が強制したことはなく、多数の貧困層が開拓に立候補した。貧困層に日本語しか話せないものが多かっただけ。
注d <棄民>
これも誤解。政府が強制した事実はない。一旗揚げたいと思った貧困層が多かっただけである。
どうもこの筆者は陰謀論がお好きなようだ。
注e <ことごとく却下され>
当時火星にかかる費用は莫大なもので、とてもではないが帰還までの余裕はなく、必然的に片道切符にならざるを得なかった。
それは当時の契約書にも書かれていたことであり、決して騙す意図はなかった。まぁ、多少読みにくかったかも知れないが……。
しかし彼らの尊い犠牲は決して無駄にはならなかった。火星の赤い土に彼らの血が混じり、豊穣の地になったのである。
以て瞑すべしであろう。
注f <独立の機運が>
とんでもないことであり、到底許されることではない。火星植民にかかった費用はどこから出たと思ってるのか。
断固として阻止すると総統閣下も宣言しておられる。
注g <暴露する>
この手の陰謀論者は世界は常に危険で、誰かに脅かされていると感じている。
何でもないことでも何かの兆候であると考え、また意味のない文章にも深い意味があると判断する傾向にあるという研究結果がある。
この童話に対する執着もその一例であろう。
まったくのナンセンスであり、何が面白いのか分からない。
山奥にレスランがあって不気味な化け物が食おうという物語に我々は何の教訓を得ればよいのか。
どうせ暴露の内容もそこら中にあるゴミのような戯言にしか過ぎないであろう。