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 扉の裏側には、

「ネクタイピン(注1)、カフスボタン(注2)、眼鏡(注3)、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」

と書いてありました。扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いてありました。鍵までえてあったのです。

「ははあ、何かの料理に電気をつかうと見えるね。金気かなけのものはあぶない。ことに尖ったものはあぶないとう云うんだろう。」

「そうだろう。して見ると勘定かんじょうは帰りにここではらうのだろうか。」

「どうもそうらしい。」

「そうだ。きっと。」

 二人はめがねをはずしたり、カフスボタンをとったり、みんな金庫のなかに入れて、ぱちんとじょうをかけました。

 すこし行きますとまたがあって、その前に硝子がらすつぼが一つありました。扉にはう書いてありました。

「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」

 みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。

「クリームをぬれというのはどういうんだ。」

「これはね、外がひじょうに寒いだろう。室へやのなかがあんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。どうも奥には、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、案外ぼくらは、貴族とちかづきになるかも知れないよ(注4)。」

 二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。それでもまだ残っていましたから、それは二人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら喰べました。

 それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、

「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」

と書いてあって、ちいさなクリームの壺がここにも置いてありました。

「そうそう、ぼくは耳には塗らなかった。あぶなく耳にひびを切らすとこだった。ここの主人はじつに用意周到だね。」

「ああ、細かいとこまでよく気がつくよ。ところでぼくは早く何か喰べたいんだが、どうも斯うどこまでも廊下じゃ仕方ないね。」

 衝撃的な話を耳にした。

 日本語を日本の公用語から外そうという動きがあるらしいのだ。

 まさかと思ったが、だとすれば政府関係者に私の活動が面白くないと思う向きがあるというのも理解できる話である。

 確かに今、日本語だけを話す日本語話者は圧倒的な少数にはなっている。かくいう私も帝国語と共和国語を話す、トリリンガルである。

 しかしだからといって日本語を日本の公用語から外すなど……。

 そんな国がどこにあるだろうか。

 噂はあくまで噂と信じたい。



注1 <ネクタイ>

 首のまわりに巻く布のこと。主に男性用だが、制服やファッションのアイテムとして女性が身に着けるときもあった。

 おそらくはスカーフから発展したのだろうが、防寒や防塵として機能していたスカーフはともかく、ネクタイを締める必要がどこにあったか。

 江戸時代の将軍は病気になると紫色の鉢巻を頭に巻いたそうだが、ひょっとしたら当時の日本人も何かの際にネクタイを頭に巻いたのかも知れない。

 スーツ姿で足元のふらふらした労働者が頭にネクタイを巻いている資料が私の手元にあるのだ。


 温暖化が進むと、世界的にも廃れていった。特に日本では2050年ごろになると夏の最高気温が40℃を超えるのが普通になり、政府主導で一斉に廃止された。

 現代から見ると何のためにあのような非効率的な恰好をしていたのか分からないが、当時は当然の恰好であり、いわば洗脳されていたようなものなのだろう。

 今でも……いや、これは言わないでおこう。


注2 <カフスボタン>

 シャツの袖口を留めるためのアクセサリー。


注3 <眼鏡>

 近視、遠視、乱視、老視といった目の屈折異常を補正するために装着した器具のこと。

 今では目を保護するためかファッション目的でしか使用されないため、そういった目の屈折異常とは何のことか分からないだろうが、遠くが見えにくかったり、逆に近くが見えにくかったりする人が当時は非常に多かった。

 ガラス、後にはプラスチックでレンズをつくり、焦点を合わせた。


注4 <貴族と……>

 貴族という特権階級が名目上は消滅して三百年近くたつが、現実には隠然たる勢力を固持している。

 例えば歴代の総統は木村家が独占している。木村家と彼らの取り巻きは、事実上の貴族ではないのか。

 むろん総統は選挙によって選ばれているのだと彼らは主張するだろうが、十代続けて木村家の血統が続いているのは異常である。

 何らかの選挙妨害があると噂されて久しい。

 今の総統を見よ、度重なる記憶継承により記憶が混雑すること多く、ほとんど生きる妖怪になっているではないか。

 この妖怪を選ぶものがどこにいるのだ。

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