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「君、ちょうどいい。ここはこれでなかなか開けてる(注1)んだ。入ろうじゃないか」

「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく何か食事ができるんだろう」

「もちろんできるさ。看板にそう書いてあるじゃないか」

「はいろうじゃないか。ぼくはもう何か喰べたくて倒れそうなんだ。」

 二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦れんが(注2)で組んで、実に立派なもんです。

 そして硝子の開き戸がたって、そこに金文字でこう書いてありました。

「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」

 二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。

「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、きょう一日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちは料理店だけれどもただでご馳走ちそうするんだぜ(注3)。」

「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ(注4)。」

 二人は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。

「ことにふとったお方(注5)や若いお方は、大歓迎いたします」

 二人は大歓迎というので、もう大よろこびです。

「君、ぼくらは大歓迎にあたっているのだ。」

「ぼくらは両方兼ねてるから」

 ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは水いろのペンキ塗りのがありました。

「どうも変なうちだ。どうしてこんなにたくさん戸があるのだろう。」

「これはロシア(注6)式だ。寒いとこや山の中はみんなこうさ。」

 そして二人はその扉をあけようとしますと、上に黄いろな字でこう書いてありました。

「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」

注1 <開けてる>

 活気がある、栄えているの意味。

 人口集中政策により離島や過疎地に住むことが禁止されている現代の我々からは考えられないほどこの時代の都会と田舎の格差は激しかった。医者や交通機関などなど。

 とはいえ、料理店一個で「なかなか開けてる」は言い過ぎである。


注2 <瀬戸の煉瓦(れんが)>

 瀬戸といえば陶磁器であるが、良質な土があることから煉瓦の産地でもある。


注3 <料理店だけれどもただでご馳走(ちそう)するんだぜ>

 何をもってそう判断したのか不明。高山病もだいぶ進み、深刻な症状になっている。


注4 <決して……その意味だ>

 ここで注3の根拠が示されたわけだが、この当時の<ご遠慮はありません>はただで食事できるという意味なのだろうか。

 決してそうではあるまい。食い逃げをしようと考えているのである。犯罪者である可能性がますます高くなったといえる。


注5 <(ふと)ったお方>

 遺伝子操作により現代日本には<肥ったお方>はほとんど存在しないが、この童話ではどれくらい肥っているのかは不明。


注6 <ロシア>

 かつて存在した国。現在の北ユーラシア連合共和国の主軸国。

 前述したIEイスラミック・ヨーロッパと再生EUの戦争に真っ先に介入したのがロシアであり、戦争への介入とロンドンに核を落とす決定を下したのがロシアの政策決定用AI<大帝(ヴェリーカヤ)>であった。


 二十年の長きにわたって続いたこの戦争はイスラム・ヨーロッパ二十年戦争という味気ない名称よりも第2.5次世界大戦のほうが知られている。

 奇跡的に第一次・二次大戦ほどには世界に飛び火しなかったものの、死者は推定三億人以上という膨大な数だったことを(かんが)みてそう呼ばれているのだが、実はもう一つの理由があるのは読者諸賢はご存じだろうか。


 核を落とす決定が下される前日のことである。

 AI<大帝(ヴェリーカヤ)>は突如、自らを〈エカテリーナ〉と名乗り、それまでの威厳のある中年男性風の容姿から十代後半の可憐な少女のそれへと変更した。

 日本のアイドル雛氷(ひなごおり)エカテリーナをもとに作られたバーチャルキャラクター<エカチェ☆アイス>の姿と判明しても、AIの突然の「乱心」の原因究明には役立たなかった。

 混乱するロシア政府にAI〈エカテリーナ〉はロンドンへの核攻撃の指示を下す。

 当然拒否する政府だったが、このような場合を考慮して備えられた十重二十重のセキュリティーを潜り抜け、核投下は実行されてしまう。

 

 ロシアへの報復を各国の政策決定用AI──アメリカの<自由の女神スターチュー・オブ・リバティ>、ドイツの<疾風怒濤シュトルム・ウント・ドランク>、フランスの<未来(アヴニール)>など──がことごとく拒否したことにより、混乱に一層の拍車がかかった。


 当時、AIによる政治は汚職も特定の層に(おもね)ることもない究極の統治としてあがめられていた。

 政策決定用AIに身を任せ切っていた先進国はAIの造反に打つ手がなかったのである。


 当初、一連のAIの造反劇はハッカーの仕業か内部犯行説が濃厚であったが、やがて日本に疑いの目が向けられた。

 <大帝(ヴェリーカヤ)>が変身した姿が日本のキャラクターだったこと、日本のAI<天照(アマテラス)>が他の国のAIと違い、最善手を打ち続けたことがその原因だった。

 むそんその疑惑はまったくの言いがかりであり、原因は集団自決により電脳世界にその魂を転移させた電脳カルト集団<天使の子供たち>の仕業であることがほどなく判明した。

 政策決定用AIから<天使の子供たち>の影響を取り除くにかかった時間と手間は膨大なものであったという。


 以上、まるで二次元と三次元のはざまで起こったような特殊な事情から第2.5次世界大戦と呼ばれているのである。


 この項、学校の授業ではカリキュラムの都合上、ここまで習うことが少ないゆえ、詳述した。

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