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二人の若い紳士(注1)が、すっかりイギリス(注2)の兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲(注3)をかついで、白熊(注4)のような犬を二疋(注5)つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云いいながら、あるいておりました。
「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一疋も居やがらん(注6)。なんでも構わないから、早くタンタアーン(注7)と、やって見たいもんだなあ。」
「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。(注8)」
それはだいぶの山奥でした。案内してきた専門の鉄砲打ち(注9)も、ちょっとまごついて、どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。
それに、あんまり山が物凄いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起こして、しばらく吠って、それから泡を吐いて死んでしまいました(注10)。
注1 <紳士>
上品で礼儀正しい男性。わざわざそのような男性を指し示す言葉があるということは、この時代のほとんどの男性は上品でも礼儀正しくもなかったのであろう。性差により異なる形容詞を使用することは現在は禁止されているので注意されたし。
注2 <イギリス>
かつて存在した国。2078年、旧EUから分離したIEと再生EUの戦争に巻き込まれ、ロンドンに核を落とされ壊滅的な打撃を受ける。続く戦乱に全土が荒廃し、2093年、<大亡命>により滅亡した。
注3 <鉄砲>
火薬の力により弾丸を発射する武器(火器)のこと。長い間この非人道的兵器は使用された。自作によりこの種の火器を作成する輩は後を絶たない。現在でも持ち込みが容易なため暗殺にしばしば使用される。日本でも2173年、時の大総統スニエル=アル=ラハール=木村が西村健祐に手製の火器により殺害され、苗字・名前両方とも日本風の名前を持つものへの差別・迫害・弾圧が行われた。
注4 <白熊>
かつて存在した肉食の哺乳類。ホッキョクグマ。毛が白くなったクマと思えばよい。温暖化の影響で2040年ごろ絶滅した。寒冷化を迎えて久しい今であれば生存できたであろう。
注5 <二疋>
動物を数える際につく助数詞。ただ同じく動物を何<頭>と数える場合もあり、どんな場合に数え分けていたかは不明。
今は人以外のあらゆるものを<個>と数えるが、古来日本語の数詞は多種多様であった。平たいものは<枚>、衣類には<着>など。日本語習得のために簡略化された結果、我々は物の見方も簡略化されたのではないだろうか。
箸は善、花は輪、詩は篇と数えたと物の本にあるが、これはさすがに冗談か著者の勝手なでっち上げであろう。いくら何でも煩雑にすぎる。
注6 <鳥も獣も一疋も居やがらん>
この時代にはすでに深刻な環境汚染がはじまっていたことを示している。
注7 <タンタアーンと>
上記の鉄砲の発砲音。この時代の銃器は発砲時に音がしたのである。あるいは規制で意図的に音が鳴るようにしていたのかも知れない。
なお、「タン・タアーン」派と「タンタ・アーン」派で解釈が分かれていたそうが、井上公人氏の実証実験により「タン・タアーン」であると結論づけられた。2発撃った際の音だそうである。
注8 <鹿の……倒れるだろうねえ>
これは狩りといい、動物を狩る行為。信じられないかも知れないが、ある時代までは動物を殺す行為が許されていたのである。むろん今では違法行為ではあるが、野生動物が日本から消えた今、形骸化している。
注9 <専門の鉄砲打ち>
狩りで生計を立てていたほか、どうも裏では依頼を受けて人を殺したりもしていたようである。この種のプロフェッショナルは背後に立たれることを極端に嫌っていたとの証言も数多くある。
専門家が迷うのもおかしなことなので、ここで居なくなったのは意図的なものであろう。
注10 <あんまり山が物凄い……死んでしまいました>
理解が難しい。標高が高いせいで、高山病が原因で死亡したと解釈したい。