15 断罪劇がはじまります
王城に到着し、アレクの後ろをついて行く。ただそれだけなのになぜかあの日のことが無性に思い出された。
サフィーロ殿下とソフィアが断罪されたあの日もこんな風によく晴れた日だった。
お兄様と共に登城し、会場の片隅で彼女たちが裁かれて行くのを見ていたな。
「現在男たちは地下牢に、ソフィアについては部屋で拘束をしています」
人のいない廊下に入ったところで、アレクがそっと教えてくれた。
「そうなのね。あ、そうだわアレク。あなたに伝えておかなければならないことがあるの」
周囲を確認し、わたくしはそっとアレクに耳打ちする。
「黒楼亭の執務室で、隠されていた床下収納を見つけたわ。今はセドナが整理をしているところだけれどそこに重要な文書があるかもしれない」
「本当ですか。そうしたら、更に彼らの手口を裏付けるような資料があるかもしれないな……」
「必要であれば、見てもらって構わないわ」
「よろしいのですか」
「ええ。でも、わたくしが信用している城の人間はアレクだけだから。殿下に先に渡ってしまうのはいやだわ」
わたくしはきっぱりとそう言いきって、アレクからそっと離れた。
「……ふっ、はは」
しっかり聞こえていたようで、隣にいるバートが堪えきれないといったような笑い声を上げている。
「殿下はすっかりディアナの信用を失ってしまったな」
「当然です」
わたくしはぷいと顔を背ける。アレクならば絶対に悪用しないと思えるし、わたくしよりも有益に利用できるはずだ。
「……っ、ありがとうございます。では、後ほど向かわせていただきますね」
アレクが深々と頭を下げる。少しだけ口元に力が入っているような気がした。
いつかの執務室に通されてしばらく待っていると、フリードリヒ殿下が疲れた表情で部屋に入ってきた。わたくしたちは席を立ち頭を下げると、殿下から席について良いと指示を受ける。
「何か言いたいことがありそうだね」
訳知り顔でフリードリヒ殿下がそういうものだからわたくしは表情を引き締めた。
「そうですね。エンブルク王国の影の者は、ずいぶんと仕事を怠けていらっしゃるようですわ」
「おや、これは手厳しいね」
そうは言いながらもフリードリヒ殿下はいつもどおりの柔和な表情を崩さない。ポーカーフェイスはお手のものだろうけれど、この反応──やはりこの方は知っていたのだ。
事件が起きるとわかっていて、ローザさんが誘拐されるのを見逃した。
それが国益のためだったとしても、わたくしの中にはやはり許せない気持ちがある。
だって、大切な友人だから。
「グラーツ嬢の身に危険が及んでしまったことは、申し訳なく思う。私の政略的な問題に巻き込んでしまったということは事実だ。きっと君が思っている通りあの時影の者には手を出させなかったからね」
「……」
殿下の顔は、為政者のそれだ。
何かの犠牲なくしては、何かを得られない世界でずっと生きている。分かってはいる、分かってはいるのだけれど、それでも悔しいのだもの。
「フリードリヒ殿下」
「何かな、バート」
「グラーツ嬢は乱暴に麻袋に入れられて運ばれたようでした。眠り薬とほんの少し痺れの作用がある薬品を嗅がされています。今もぐったりとしていて目を覚ましませんでした。個人的に追いかけて来ていたハンスが今彼女の看病をしています」
「それは……」
「身体的な怪我はいずれ癒えるでしょう。しかし、彼女が負った心の傷に対してはどう対処するつもりですか? まさか、捨て置くのですか」
何も言えなくなってしまったわたくしの隣で、立ち上がったバートが毅然とした態度でフリードリヒ殿下に進言する。
「ディアナは忠告していました。彼女は誘拐される恐れがあると。グラーツ嬢を囮のように使ったことに対して私も怒っています」
「バート……」
わたくしの気持ちを代弁してくれているかのようだった。
驚いて、パチパチと瞬きを繰り返す。
立場で言えば勿論この国の王太子であるフリードリヒ殿下の方がずっと身分が高い。逆らうべき相手ではない。だというのに、それでもこうして意見をしてくれたことにじわりとせり上がってくるものがある
「……すまない。奴の尻尾をようやく掴めるかと思ったら気が急いてしまった。グラーツ嬢には、それなりの償いをすると誓おう」
「謝罪は我々ではなくグラーツ嬢にお願いします。彼女は今後、もしかしたら精神的な後遺症に悩まされるかもしれない。それほど恐怖を与えたことをわかってください」
「ごめん……」
最初は飄々としていた殿下も、バートの言葉に随分としおしおと肩を落としてしまった。
先ほどの謝罪とは違い、心からの言葉に感じる。
「ディアナ嬢も、申し訳なかった。君が事件を未然に防ごうとしていたのは知っていたのに、それを利用してしまった」
「はい。わたくしは許すつもりはありませんので問題ありませんわ」
にっこりと微笑み返せば殿下の眉がまた下がった。
隣でバートが噴いているし、奥ではアレクも笑いを堪えている。
「あー……うん、君達を敵に回すと大変そうだ。これから先の国の運営もなかなか一筋縄ではいかなそうだね」
「もちろん。殿下のお目付け役も果たしたいと思います」
「よろしく頼むよ、バート」
どこかバツが悪そうなのに、それでも殿下はどこか嬉しそうだ。
わたくしにはわかる。こうして、自分のために本気で意見を言ってくれる存在がどれだけ大切で尊いか。
「しかし殿下。そこまでしたのですから、当然収穫はあったものと考えていいですか?」
バートが尋ねると、フリードリヒ殿下はソファーに深く腰掛けた後に朗々と話し始めた。
「そうだな。グラーツ嬢を誘拐した者たちについては、人身売買に関わっていた実行犯で間違いないだろう。そして、娼館の近くで発見されたマーヤ・スワローとその誘拐犯とおぼしきものたちについてだが……今彼女に関しての聞き取りが終わったところだ」
「なるほど。彼女はなんと?」
「自分は誘拐の被害者だと言っていた。これから娼館に売られそうになったところを発見してもらって感謝している、と」
彼女の言い分を話す殿下はどこか疲れた様子だ。
「あくまで『自分は誘拐された』とその一点張りで、それ以上のことは何も言わない」
「男たちは地下牢にいるのですよね。そちらの尋問はこれからですか?」
「ああ、そうだね」
バートの問いかけに答えるフリードリヒ殿下。わたくしは気になることを聞くことにした。
「マーヤへの聞き取りは殿下が直接なさったのですか?」
「そうだよ。なんというか……疲れた」
やはり殿下が直接会話をしたのだわ。
ソフィアと対峙して、ずいぶんと精神が削られてしまったように見える。
そのことを伝えると、乾いた笑い声が返ってきた。
「彼女の言い分を聞いていたはずが、途中からなぜか私に対してすり寄ってくるような態度を見せ始めてね。それを振り払うのに疲れてしまった」
「ぐ、具体的にどのような……?」
「怖かったと言って泣いてしだれかかってきたり、抱きついてこようとしたりだとか。ギョッとした護衛騎士に阻まれていたが」
わ、わあ……。いかにもソフィアらしい行動だけれど、とても違和感がある。
男たちに誘拐されて娼館に売られるところだったのに、怖くなかったのだろうか。二回目とはいえ、どうなるかわからないのに。
「まるで、誘拐や娼館に売られるのが『わかっていた』ようですわね」
何か目的があって動いていたのではないかしら。そう思っていたところで、殿下が「ああそうだ」と思い出したように話し出す。
「『まさかわたしのヒーローが殿下だったなんて! ラッキー』と言っていたな。小声だったが確かに聞こえた。私は地獄耳なのでね」
「ええと。彼女は意図的にその誘拐劇を行なったと思いますわ。犯人への尋問の際にはそのように鎌をかけると良いかと思います」
わたくしは即座にそう答えていた。
彼女のその言葉は、やはりイベントへの飽くなき執着心を感じる。ローザさんが創傷だらけで薬も使われていたのに対して、あまりにも元気すぎる。
ローザさんの誘拐だって偶発的なものではないはずだ。
もしその誘拐劇を画策したのもソフィアだとすれば──
「ではそのように進めよう。男爵の暗躍の全てを、ここで終わらせる」
フリードリヒ殿下が怪しく微笑む。その強い眼差しに、恐ろしくも頼もしい気持ちになった。




