14 続きは城で②
娼館を一旦後にしたわたくしは、タウンハウスに戻って服を着替えたところだ。
……さっきの今で城に呼ばれるだなんて、誘拐についての話なのかしら。
不思議に思いつつ、ハンナに見送られながらエントランスで待つ馬車に乗り込む。
馬車にはアレクとバートが並んで座り、二人で何やら内密そうな話をしていた。
空いていた向かいの席に座ると、アレクが御者に合図をして馬車はゆっくりと動き出す。
「ディアナ様、グラーツ嬢が誘拐されたそうですね」
わたくしはアレクの言葉にこくりと頷く。
やはりその件だったのだわ。
「ええ、そのようね。そのことについてわたくしもいくつか殿下に聞きたいことがあったから、ちょうど良かったわ」
「聞きたいことですか?」
聞き返してきたアレクに、わたくしはにっこりと微笑む。
この件について、わたくしは少し怒っているのだ。
ローザさんが誘拐される可能性について、わたくしはあの時すでに言及をしていて、殿下も『影の者をつける』と約束してくれていた。
王家から影がつくならば……と気を抜いていたわたくしにも落ち度があるのかもしれないけれど、こうしてすぐに誘拐事件に発展してしまうということがあるなんて。
彼女に張り付いているはずの影の者が、あの輩たちが誘拐するまでそのことに気付かないなんてことがあるかしら?
それに、実際に彼女が黒楼亭に売られてからの騎士団の動きがあまりにも迅速すぎる気がした。
確かにセドナに騎士を呼びに行ってもらうように目配せはしたけれど、それにしてもそこから捕らえるまでの道のりがスムーズすぎるのではない?
いくら娼館の主が今はわたくしになっているとは言え、とても危険だ。
現に、ローザさんは今も薬で眠ったままで、怖い思いだってしているのに。
「グラーツ嬢の今回の誘拐に関して、フリードリヒ殿下が何も知らないということはありえないだろうな。私の方からも聞きたい」
心の中で疑念が渦巻くわたくしの前で、バートもさらりとそんなことを言ってのけた。
やはり彼にとっても不自然だったのだわ。そう思うと、少しだけ心が軽くなったような気がする。
「……なるほど。実は今回お二人をお呼びするよう指示されたのは、グラーツ嬢の誘拐とは別件です」
「別件……?」
「はい。ソフィア・モルガナについてです。マーヤでもありますが」
「ソフィアですって? どうして今彼女の話が出てくるのかしら」
思っても見ない展開に、わたくしは目を丸くする。石畳をゆく馬車は車輪が時折ごとごとと大きな音を立てるから聞き間違えたかと思ったけれど、アレクの神妙な表情は崩れない。
「今回、グラーツ嬢を誘拐した者たちを捕縛する過程で、娼館の近くで怪しい動きをする馬車が他にいたため検問が行われました」
「まあ、そうなの」
「……そこで、同じく誘拐されて娼館に売られそうになっているというマーヤ・スワローを保護しました」
「えっ、どういうことなの?」
「ディアナ様の驚きももっともです。現在、彼女を誘拐したとされる男たちとマーヤ・スワローも城で身柄を確保している状態です」
アレクの淡々とした説明にわたくしとバートは首をひねるばかりだ。
まったく状況がわからないわ。
なぜソフィアが?
アレクの説明によれば、わたくしたちがローザさんの誘拐対応をしている間になぜだか同時にソフィアも誘拐されて娼館に売られようとしていたということになる。
「もしかして、百花楼に行こうとしていたのかしら」
「その可能性は大いにある」
わたくしの言葉に、バートが頷いてくれる。
女の子が誘拐されて娼館に売られる。こんなことが同時に起きていいのだろうか。
わたくしがずっと危惧していたヒロインの誘拐劇は、例の乙女ゲームのイベントでもある。
本来であれば誘拐されたヒロインを、そのとき最も好感度が高いヒーローが助けに来るのだとユリアーネさんのメモには書いてあった。
──もしかして、あまりにもゲーム通りに進まないからって、ソフィアが自分でことを起こしたのでは。
そんなとんでもない仮説まで立ててしまうけれど、ソフィアのことだから可能性がないと言い切れない。むしろその可能性の方が高くないかしら。
「……全くわからないわ」
「僕もわかりません」
「私にもわからないな」
あまりにもな展開にわたくしが頭痛を堪えてそう溢すと、アレクとバートが同時にため息をつく。その様があまりにも息が合っていて、わたくしたちは思わず顔を合わせた。
なんだかそのことがおかしくなって、こんな状況だというのにふっと笑ってしまう。アレクとバートも同じだ。
「本当に、あのソフィアと言う女性は何というか本当よくわからないな。昔から」
「そうですね。突拍子もないですが、なぜだかその振る舞いを周囲に受け入れさせてしまう才能だけはすごいと思います」
アレクとバートの表情はどこか哀愁を帯びている。
二人の会話にわたくしはうんうんと頷く。そうしているといつの間にか二人がこちらを見ていることに気付いた。
「またですね、ディアナ様」
「ああ。まただ」
アレクとバートに真っ直ぐに見つめられ、わたくしはたじろいでしまう。
何が『また』なのだろう。その疑問が伝わったようで、バートがゆっくりと口を開く。
「君がこうして娼館を買収して誰かを助けるのが、だ。一度目は君自身だったが。……あの時からずっと不思議に思っていた」
「そうですね。時折、何かを見越したような行動をとっておられます」
「! それは……」
そうだ。この二人はずっと、わたくしの奇行にも似た行動をずっと見てきたのだもの。
娼館を買うという行動に至る令嬢なんて、常識的に考えればとっぴすぎることは自分自身がよくわかっている。それでも。
「ごめんなさい。今はまだ話せないわ。全てが解決したらその時は聞いてくれる?」
わたくしの行動原理だって、ソフィアと同じ。すべて前世の記憶によるものだ。
ユリアーネさんから託されたメモだってそう。未来予知に似たわたくしの行動が、この世界の人にとって不可思議に見えるのは仕方のないことだ。
だけれど、その種明かしをするにはまだ早い。
全てが終わった後──例えば続編だというこの世界がわたくしの知っているシナリオがなくなってしまうところまでいけたらきっと私は私自身の人生をようやく歩むことができると思うから
「ディアナ。いいんだ、無理には聞こうと思っていない」
「ええ。あなたが無事でいてくださることが何よりです」
「……ありがとう、二人とも」
前世の記憶という存在を隠したままでも、二人は優しい。以前からディアナのことを信じて優先して行動してくれた二人だもの。
わたくしも、アレクとバートのことは信頼している。
「これからおそらくグラーツ嬢の誘拐犯とソフィアの件に関連したことで殿下からの尋問が行われるはずです。これまで完璧に逃げおおせてきたスワロー男爵がようやく見せたしっぽを殿下が見逃すわけがありません」
アレクが真剣な表情になり、居住いを正すものだから、つられてわたくしもピンと背筋を伸ばした。
「その中で、ディアナ様に対しても色々と追求される場面があるかと思いますが、その際は黙っていたらいいと思います。この国にも黙秘権はありますからね」
「まあ、アレクはわたくしの肩を持ってくれるの?」
「もちろんです」
フリードリヒ殿下の側近であるアレクが味方となってくれることを嬉しく思う。
ちらりとバートを見ると、彼も当然だという顔で頷いている。
わたくしはそっと、馬車の窓から外を見た。
まもなく王城だ。これからソフィアとスワロー男爵の追求が始まる。彼女の存在が何か利益になると思ってソフィアを養女に迎え入れた男爵が、どう対応するのだろう。
彼に痛い所を掴まれている他の貴族達が、今後どのように対応して行くのか。
──ここが正念場かもしれない。
気になるところは多いけれど、この憂いが晴れれば、わたくしも先に進めるはずだ。
いつも誤字報告ありがとうございます…!
完結目指してぐんぐん進みます!!




