12 誘拐犯が現れました
部屋に入ると、黒ずくめの男たちが麻袋を床に置いた状態でこちらを一斉に見た。そのギラギラとした目つきは、明らかに一般市民ではない。
そもそも麻袋は不自然な大きさだ。そう、ちょうど人が一人入っているような──……
「まあ皆さま、どういうご用件でしょうか?」
普段の話し声よりもできるだけ低く優雅に。そう意識しながら、わたくしは男たちに声をかける。
男たちは顔を見合わせた後に、ニヤリと口角を吊り上げた。
「いつものだよ。今回は上玉だ」
ニタニタと下卑た笑い顔をする男たちを前に、わたくしはその醜悪さにグッと眉間に皺を寄せる。幸いレースのおかげでその表情は向こうには分かっていないだろうけれども、不快なものは不快だ。
「……確認をさせてもらいましょう。こちらも商品の仕入れにはこだわっていますので。まさか傷物ではないでしょうね。ねぇ、マダム」
「そうね」
バートが男たちに切り出す。
わたくしはハッとしてその言葉に頷いた。バートが助け舟を出してくれたのだ。
「そりゃそうだ。もちろん傷物なんかじゃありませんよ。おいお前、商品をマダムにお見せしろ!」
「へいへい」
先ほど男たちは『いつもの』だと言った。ということはこの黒楼亭では人身売買が以前から行われていたというさらなる裏付けにもなる。
すでに商会長は捕縛されているようだが、まだその一端を担っていたであろう本来の人身売買グループとスワロー男爵の繋がりまでは解明されていないのだから。
──大丈夫。落ち着いて情報を引き出さないと。
この人たちはここの娼館が売りに出されたことを知らないのかしら。スワロー男爵が知らないはずはないし……?
いろいろと考えを巡らせるわたくしの前で、麻袋がゴソゴソと解かれてゆく。
「……っ!!」
現れた少女を見て声を出しそうになったところで、わたくしは必死にそれを堪えた。
口に布をはめられ、ぐったりとした顔でそこにいたのは水色の髪のローザさんに他ならなかったからだ。
薬を盛られたのか、彼女の目はしっかりと閉じている。
わたくしはパッとバートの方を見る。
バートも驚いたように口元に手を当てていたが、その反応は今は良くないと思ったのかすぐに表情を元に戻した。
端にいるセドナも驚いた顔をしている。でも、彼女もすぐに気を取り直して笑顔を貼り付けている。
……わたくしだけが動揺している場合ではないわ。
どうしてここにローザさんが連れてこられたのか、色々と気になるところはあるけれど、まずはこの男達に事情を聞かないといけない。
「どうです。なかなかの器量よしでしょう」
「……そうね、合格点といえるわ」
そう答えながら、わたくしは震えてしまわないように足に力を入れた。ローザさんがこの者たちに誘拐されたことは明白だ。
サシャさんとロミルダさんにはローザさんを一人にしないようにとお願いしていた。
それから殿下も護衛をつけると言っていたのにこうしてやすやすと誘拐されてしまっている。
「もっとよく見せてもらってもいいかしら?」
「へい、もちろん」
「では……あなた、その子を長椅子に寝かせてちょうだい。よく見るから」
側に立つバートに指示をすると、彼は素早くローザさんを男たちから引き離して近くの長椅子にそっと寝かせた。これで、あの男たちにベタベタ触られる心配は無くなった。
わたくしがローザさんの覗き込むようにしていると、男が話し出す。
「この娘の親が商売で失敗して借金をしておりまして、その借金のカタに娘を差し出してきたんですよ。ひどい話ですよね、ガハハ」
「まあ、そうなの!」
「こちらも慈善事業のようなもので。ほら、こうして娼館の方で買って頂けると助かります。そうしないと、別の道もありますからネエ」
「……ふふふ、世知辛い世の中ですものね」
「まったくです」
吐き気がする。
やれやれといった様子で男たちは頭をかいていて、わたくしが彼らの言い分に同調したことで、向こうの緊張も少しほぐれたようだった。
本当はこんな人たちと一秒たりとも会話をしたくないのだが、今ちょうどセドナがこの部屋をスッと出て外に行った。彼女の行き先はおそらくこの娼館に潜んでいるクイーヴのところ。
それからきっと応援がくる。
わたくしはここで、証人となるこの男たちがこの場に留まるように少しでも時間を稼ぐ必要がある。
「しっかしまあ、ここのオーナーは代替わりしたんですかい?」
リーダー格の髭面の男が見定めるような不躾な視線をわたくしに向けながら不思議そうな顔をしている。
それはそうだろう以前まで商売していた相手が変わっているのだから。
「ええそうなんですの。先代は急病で。これからわたくしが切り盛り致しますわ」
「ふうん……」
少しだけ訝しそうな声色だ。わたくしは気に留めずバートの方を振り返る。
「さて。これだけ素敵なお嬢さんを仕入れてきていただいたのだから、こちらもお礼を弾まないとね。お前はどう思う?」
「ええマダム。おっしゃる通りです。即金で用意いたしますか?」
「もちろんだわ。あなた方、今回の仕入れに関して金貨十枚をお渡しいたしますわ。それで問題ありませんわね?」
できるだけ妖艶な笑みと、大人の余裕を。わたくしはマダムになりきって男たちにそう伝える。
「金貨十枚だと!!??」
「なんだって……! 今までだったら金貨一枚が精一杯だったのに。やったなアニキ!」
わたくしの言葉に男たちが色めきだつ。
「では、取引成立でよろしいかしら?」
「ああ、もちろん!」
リーダーの男がそう言ったところで、セドナが部屋に戻ってきたことがわかった。わたくしとバートに目配せをして準備完了を伝えてくれる。
「では、お金をお渡ししますので私について来てください。この女性はここでこれからマダムたちにて本格的な検品がありますので。ご苦労様でした」
「おう!」
「へへ、新しいオーナーは金払いが良くていいなあ」
バートがぺこりと頭を下げて、男たちを引き連れて部屋を出ていく。
そのことを確認して、わたくしはすぐにセドナのところへと足を進めた。
彼女が後ろ手でこの部屋の鍵を閉める。
「セドナ。首尾は大丈夫かしら?」
「はい。ランベルト様が向かった先で騎士団が待ち構えていますよ。ふふ」
「そう……よかった」
わたくしはローザさんが眠る長椅子に近づき、そっと彼女の頬に触れた。
外からは少し喧騒が聞こえて来て、バートは大丈夫だろうかと思いを馳せる。
「クイーヴがいますから。オーナー、お疲れさまでした」
「……うん」
セドナの言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
それと共に、やはりシナリオ通りに起きてしまった誘拐事件に身震いがした。
──この誘拐事件を手引きしたのは誰?
スワロー男爵がこんな杜撰な計画を立てるだろうか。
そしてローザさんを護衛すると言っていた騎士団の明らかな手落ち。
「殿下が何か知っていそうだわ。はあ、気が重い……」
「本当に。オーナーの近くにいると退屈しません」
「もう、セドナったら」
「気を取り直して、例の文書の選定をしておきますので、外が片付くまでオーナーはここで少しお休みになってください。あ、私が出た後はすぐに施錠をお願いしますね」
セドナの申し出にわたくしはこくりと頷く。一緒に手伝いたかったけれど、ずっと気を張っていたせいでしばらくは動けそうにない。
しっかりと施錠した後、帽子とレースを外したわたくしはローザさんの向かいの席に腰掛けたのだった。




