◇茶髪美女はオシゴトしました
セドナ視点
全く全然これっぽっちもイカガワシイ話ではありません。
「あら、もうこんな時間。オーナー、私もそろそろ仕事に行ってきますね」
部屋の時計見て、約束の時間になったことを確認し、私はオーナーの部屋を出る。
部屋を出る前、オーナーは菫色の綺麗な瞳をやんわりと細めて、いってらっしゃいと私を見送った。
まだ17歳の少女……それも途轍もなく良い家柄の、輝くように美しい令嬢がこんなところにいるなんて、未だに信じられない。
(お貴族さまの世界って、やっぱりイヤねぇ~)
◇◇◇
「よおセドナ、久しぶりだな」
娼館の2階の奥にある私にあてがわれている部屋に戻ると、すでにその男はいた。
無造作な茶髪と失礼だけどいかにも平凡な見目の男が、格好だけは貴族の子息さまといった塩梅でソファーに腰掛けている。
そして男の前のテーブルの上には飲みかけのブランデーの瓶や、つまみが置かれていた。
私はその男を一瞥すると、ふう、とため息をついて向かいの1人がけのオットマンに腰を下ろした。
「なんで勝手に酒盛りしてるのよ。大して久しぶりでもないじゃない」
「ちょっと予定より早く着いちまってよー。お前はオーナーの部屋に行ってるっつーし、まぁ飲んじまおうと思ってさ」
そう言ってニカっと笑うこの男の、うちの客層に似つかわしくない庶民じみた話し方は昔からずっと変わらない。
私の馴染みじゃなかったら、そんな喋り方では高級娼館には入れないだろう。
「ま、飲みながらでもいいけど。私にも注いでくれる?」
「ハイハイ仰せのままに、っと」
「ありがとう……それでクイーヴ、王都はどんな状況なの?」
目の前の男――クイーヴはブランデーのグラスを一気に空にする。
「そうだなぁ、王子の巻き起こした一大スキャンダルで大騒動、ってな感じか」
「それはそうでしょうねぇ。1人の令嬢を追放しちゃってるんだから。しかも由緒正しいアメティス家のひとり娘を」
「だが。些か妙だ。学園の卒業パーティーの参加者は限られていたはずだ。にしては、庶民まで広がるのが早すぎる。っつーか、詳しすぎる。それに、噂のほとんどが追放された元婚約者のお嬢さんを憐れむもんだったな」
「あら、不自然だわぁ。身分が低い少女が王子サマに見初められて、たくさんの障害を乗り越えて王妃になるっていうロマンス小説みたいな流れの方がいかにも大衆受けしそうなのにねぇ」
言いながら、私はブランデーが注がれたグラスをゆっくりと静かに回す。そのまま口に含めば、濃厚で豊かな香りと味が口の中に充満した。
(銘柄を良く見てなかったけど、クイーヴ、私のとっておきを開けたわね……!)
恨みがましい目で睨むと、クイーヴは「バレたか」と悪戯っぽく笑う。
「お前のために短期間で調べて来てやった情報料ってことで。俺の見立てでは、この噂話は手が入ってんな。王子サマたち御一行様の評判はがた落ちだ。反対に、元婚約者の令嬢の追放先については情報規制が入ってて、その情報を扱うことは禁じられてる。
あとは、当の王子サマご本人は、離宮に例の令嬢と篭りっぱなしで、この現状に気付いてなさそうだ。
近頃は執務のほとんどを側近の宰相子息に押し付けてたそうだから、王子サマが働かないって事より、ご子息サマが不在なことで王宮もちょっとした混乱が起きてる」
「……あらあら、とんでもないわね~」
まあ実際、婚約者がいるのに他の女に手を出して、何やかんや罪状をでっち上げた上で元婚約者をひどい目に遭わせようとした男たちだ。
貴族のお嬢さまを娼館送りにするなんて正気の沙汰じゃないわ。ひどい目に遭わずに済んでいるのは、結果論でしかない。
(事実が広まっているだけなんだから、王子サマたちの自業自得ねぇ~)
情報操作の件については、手を打ったのはその宰相子息サマあたりなんだろうけど。
貴族令嬢が娼館にいるなんて情報が広まったら、どんな変態が集まってくるか分かったもんじゃない。しかも、そこらの貴族令嬢なんかじゃない、とびきりの美少女。
世論が彼女に有利になるように仕向けて、その一方で彼女の情報は徹底して隠匿する、か。
見るからに優秀そうだったあの青年を思い出す。由緒正しい家柄のせいで、仕える主君を選べなかったことは、彼にとって不運以外の何モノでもないわね。
(彼も可哀想だけど、もっと頑張らないと、それぐらいじゃ汚名返上出来ないわよお)
そんなことを考えていた私は思わず悪い顔をしてしまったようで、クイーヴに苦笑されてしまった。
「ははっ、えらい気に入ってんな、あの嬢ちゃんのこと。ま、ここも大分雰囲気変わったもんなぁ~半年前まで、いかにもな感じの店構えだったのに」
「だってあの子面白いもの。まず、娼館に追放されそうだから娼館を買収するって発想が群を抜いてるわ」
そんな斜め上の発想をする主人は、自分では他人を警戒しているつもりなのだろうが、どこか抜けており、迂闊なところもある。
最初あの子がオーナーになると聞いたときは貴族サマのお遊びかと思ったけれど、娼館自体も高級宿のように改装されたし、もちろん皆娼婦としての仕事もしてるけれど、客の選別も行われるようになって職場環境は格段に向上した。
「なんで嬢ちゃんはココに来ること分かってたんだろーな?ピンポイント過ぎんだろ、いくらなんでも。というか、普通に考えてよその令嬢いじめただけで娼館送りはやり過ぎっつーか。しかも自分の婚約者に纏わりつく女に対してだろ?仕方ねぇ部分もあるってのに」
「そうねぇ、その辺のことはオーナーに聞いても"テンプレなので"って真顔で言うだけで詳しく教えてくれないのよ~」
「てんぷれ?何だソレ」
「さぁ~?たまにそういうよく分からない事を言うのよねー。あくやくれいじょう、とか」
クイーヴは「あくやくれいじょう……どっかで聞いたな」と何やら思案げに相槌を打った後、2杯目のブランデーを仰ぐ。
そうして、ところで、と私に向き直った。
「嬢ちゃんはお前の仕事……情報屋のこと知ってんのか?」
――そう、私のオシゴトは情報屋。
高級娼館という、貴族サマが集まるこの場で娼婦たちから様々な情報を集めているのだ。
クイーヴは仕事仲間で、外の情報とここで集めた情報を定期的に交換している。
「いいえ、言ってないわぁ。でもなぜか、一介の娼婦の体の私のことをキラキラした眼で見てくれるのよ」
「ふ、そりゃ面白い嬢ちゃんだな」
あの子のような身分の子にとって、娼婦といえば見下していてもおかしくない存在。
だけどそんな身分差など微塵も感じられないほど、他の本物の娼婦たちにもフランクに接しているのだ。
「そうよ、とっても大事なオーナーなの。情報屋の私にとっても、ね。ところで最近、この街でもカーネリオン商会が幅をきかせているらしいんだけど……」
「王都でもそうだ。王子の取り巻きの中にも息子がいるしな。それから……」
その日、私とクイーヴの情報交換は明け方近くまで続いた。私が欲しかったもうひとつの情報については答えを得る事は出来なかったけど。
「……"コール子爵"。一体何者なのかしら」
白み始めた外の様子を窓越しに見ながら独りごちる。
オーナーがここに連れて来られた日、あの従者から渡された王家からの確認の書状に混ざった一通の書状。
"ディアナ=アメティス侯爵令嬢の安全を確保すること"
"身売りはさせないこと"
"こちらが迎えに行くまでに、上記にかかる金銭的な負担については全てコール子爵の名のもとに責任を持って補償する"
明らかに彼女を守る言葉が記載されたその書状は、王家からのものとは異なる意思を感じた。
情報屋の私たちをもってしてもよく分からない人物であるコール子爵の人となりが判明するまでは、と思ってオーナーにも伝えていなかったけれど。
「なんだか、オーナーを貶めたい人と守りたい人の意思が交錯してるみたいねぇ。お貴族サマはやっぱり大変だわぁ」
――守られるべき彼女が、自分で対策して気ままに暮らしているのが何とも言えない。
「今夜あたり、オーナーとも話してみましょうか」
そう結論付けて、徹夜明けの私はベッドに吸い込まれるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
セドナの秘密回でした。