◇マーヤ・スワロー
※ソフィア(マーヤ)視点
「マーヤ・スワローです! よろしくお願いしますっ」
そう腰をおりながら、わたしはこの教室をざっと見回した。
頭が良くて品が良さそうなお嬢様おぼっちゃまたちが、こちらを見ている。
中には、養父となったスワロー男爵との挨拶回りで会った人たちもいる。
ソフィア・モルガナという名と、見た目と身分は捨てた。あちらではうまくいかなかったのだから、なんの未練もない。茶髪に染めたのだ。
桃色の髪は可愛くてお気に入りだったから少し惜しい気もするけど、あのまま人生お先真っ暗になるよりはずっといい。
──正直、ユエールで失敗しちゃった後に攫われてこの国に来て、結局娼館に売られた時は意味がわからなかったけど。
ユエールでのわたしの価値を知っている人が、この国にもいたのは本当に幸運だった。
偶然だと思っていたけれど、わたしが売られたことを知って、不憫に思ったスワロー男爵がすぐに助けに来てくれたそうなのだ。
娼館からすぐわたしを身請けして、そのまま養女にしてくれた。だから、あんなひどいところで働かずにすんだ。
前のモルガナ男爵家生活よりもずっと贅沢な暮らしができている。お義父様はどうやらかなりお金持ちのようだった。
男爵家といえば貴族社会では階級的には一番低い。
だけれど、伯爵家や子爵家といった上位階級の人たちが変わるがわる屋敷を訪ねては、お金の無心をしていく様はなんだか気分が良い。
──やっぱり、わたしはヒロインなんだ。
本編で失敗したって、こうしてやり直しのチャンスが与えられる。
リセットしてやり直すことができる。
「あなたの席は、あの空いているところです」
「は~い」
教師に言われ、二人がけの机の空いているところへとわたしは足を進めた。
隣の席の令嬢は、顔見知り。
お義父様がその辺りもしっかりと手配してくれている。
「今日からよろしくね、ユリアーネ!」
「……ええ、マーヤさん」
ユリアーネは微笑んで挨拶してくれる。エイミス伯爵家の令嬢だというが、その伯爵家はお義父様と昔から仲がいいようで友人関係を取り持ってくれた。
これからの学院生活を、ユリアーネがサポートしてくれるらしい。
地味な見た目だし、ユリアーネなんていうモブ、乙女ゲームには出ていなかったから完全に安全牌だ。
引き立て役にピッタリそうな、モブオブモブなんじゃないかな。
「ね、ユリアーネ。校内を案内してもらってもいい? あとわたし、人を探してるんだけど」
「……はい、もちろん。どなたをお探しですか?」
ユリアーネの返答に、わたしは髪をくるくると人差し指に巻き付けながら尋ねた。
「ねえ、ディアナ・アメティスってこの学校にいる?」
さっき見回して思ったけれど、あの忌まわしき女がこのクラスにいないのだ。
ランベルトも王子も騎士もいるというのに、あの日サマーパーティとやらで見たディアナがいない。
「――どなたのことでしょうか?」
ユリアーネは首を傾げている。
お義父さまに事前に教えてもらった情報でも、このクラスにはアメティス侯爵家からの留学生はいないようだったし、本当に知らないようだ。
「ふーん。まあいいわ。そういえば、微妙に制服も違った気がするし。たしか、平民クラスもあるんでしょ?」
「そう、ですね……ありますけれど、申し訳ありません。私は詳しくなくて」
「あーいいよいいよ。ユリアーネはいかにもお嬢様って感じだもんね。まあ、いないならいないでいいから」
申し訳なさそうに眉を下げるユリアーネに、わたしはそう声をかける。
正直使えないな、とは思うけど、今この子以外にこの学院の内情を聞きやすい子はいないのだ。
絶対に裏切らない。いや、裏切れない。
エイミス伯爵家はスワロー男爵家に頭が上がらないと、お義父さまも言っていたもん。
借金がありすぎてやばいらしい。笑う。
ユリアーネに寛容に声をかけたあともう一度クラスを見てみる。
すると、こちらを鋭い眼差しで見つめる人がいた。
金髪縦ロール。まさに悪役令嬢だ。
わたしと目が合うと、何かを忠告するような顔をして、それから無言で前を向き直した。
……まさか、あの人もディアナみたいに前世の知識があるとか言わないよね?
そうなると詰んじゃうんだけど。
わたしの目的は、この乙女ゲーム続編世界を乗っ取ること。元ヒロインなんだし、大丈夫。
正ヒロインの子もいるにはいるけど、パッと見誰ともイチャイチャしてないし、まだ全然間に合いそうだ。
ローザだっけ? 水色髪の子。
平民でちんけな工房出身。顔はまあかわいいとは思うけど、それだけだ。
あと……なぜかアレクシスがこの国にいるのには驚いたけど、ランベルトとセットで来たのかもしれない。
あのときわたしに堕ちずにディアナの味方をした奴ら。
でもまあ、顔はいいから、再チャレンジしてみるのもありかもしれない。
それからわたしは、ユエールの時と同じく、男子生徒に媚びを売りまくった。
そのおかげで、我が家と縁がある家もそうでない家の子息とも距離が近付いた。
一週間過ごしてみて思ったけど、悪役令嬢だと思ってビビっていたエレオノーラは転生者ではなさそうだし、わたしの邪魔はしてこない。
『マーヤ嬢。あなたもこれから貴族として社交の場に出ていきます。貴族令嬢として、慎みを持ってくださいませ』
とかなんとか、マナーの授業の時に言ってきたけど、わたしが泣き顔を作ってメソメソしていたら、ため息をついてどこかに言っちゃった。
どこかの誰かを彷彿とさせるやり取りだ。
マーヤ・スワローとしての生活は、全てが順調だ。ディアナのことなんて忘れて、このまま楽しく役割を果たすことが出来そう。
そう思った矢先のこと。
「……ディアナ、やっぱりいるじゃん」
「どうしましたか?」
移動教室のとき。ユリアーネたちと皆でワイワイ喋りながら目的地に向かっていたら、あの銀髪が目についた。
わたしは思わず足を止めて、その方向に釘付けになる。隣には緑髪の女もいて、楽しそうに話している。
例の続編ヒロイン女が二人に駆け寄り、楽しそうに会話をしている。手を振って別れ、ローザはこっちに戻ってきて、あいつらは別方向に進んでゆく。
制服がやっぱり微妙に違う。平民クラスにいると見て間違いないだろう。
「ああうん。こっちの話〜。前言ってたディアナって子がいるじゃん? あいつを見つけたなって思ったの」
「そう、なんですね……」
見つけた。見つけた!
このストーリーのヒロインは、変わらずわたしだけでいい。二度と邪魔はさせない。
ユリアーネが微妙な顔をしていることなんて気にも留めず、わたしはどうやってディアナの居場所を確定させるかを考えていた。




