6 思い切って聞いてみました
お読みいただきありがとうございます。
セドナは昨晩オシゴトに行った。だからきっと今は休んでいる時間だろう。
アレクさま対策のためだけに、そんな頑張ったセドナを叩き起こして相談するなんてことは出来ない。
セクハラかつパワハラだ。前世の職場で何回も研修あったから身に染みているわ。
なるだけアレクさまのところに行くのを遅くしたいのに、急がないといけないというプレッシャーを感じる矛盾。
さっきまで窓の外は輝いて見えたのだけど、今ではどんよりと曇って見えるから不思議だ。
「……昨日こっちの状況は粗方話しちゃったから、悩んでても仕方ないわね!うん。わたくしも聞きたいことがあるし、大丈夫大丈夫」
わたくしは鏡の前で深呼吸して気持ちを切り替えると、うっすらと町娘風の化粧を施して階下に降りて行くのだった。
「ディー、こちらへどうぞ」
朝イチでお迎えに来たアレク様と朝ごはんを食べたあと、街をぶらぶら散策して。
そして今は、昨日とはまた違う、街の外れにあるカフェで休憩をしている。隠れ家的な落ち着いた雰囲気のカフェだ。
今日はケーキの注文はやめておいたので、テーブルの上には紅茶だけが置かれており、ふわふわとカップから湯気がたっている。
この街に来て1週間ちょっと経つが、こんな風にゆっくり観て回ったことが無かったから、少しはしゃいでしまった。
無事(?)に乙女ゲームのエンディングを迎えて以来気が緩みまくっていることは確かだ。
いくら断罪までがテンプレ展開で、事前にそのことを知っていたからと言っても、人から悪意を向けられるのは気持ちのいいものではなかった。
というか、とってもストレスフルな環境だった。
大丈夫、テンプレよー、落ち着けわたくし!と魔法の呪文を唱えることで何とか7年間の悪役令嬢生活を乗り切ったのだ。
そこから漸く解き放たれた今、正直めっちゃ楽しい。
アレクさまはニヤニヤが抑えられていないわたくしを見て困ったように微笑んでから、その顔を真剣なものへと切り替えた。
きっと、淑女にあるまじきやばい顔をしていたに違いないわね。
「さて。昨日は話が途中になっていた部分がありまして、多少強引でしたが、今日こうしてまたあなたに会いに来てしまいました」
「そうですわね、まさかこんなに朝早くいらっしゃるなんて思ってもみませんでしたわ」
「そこについては反論の余地はありませんね」
反省の色なし。アレクさまは涼しげな顔で紅茶を口にする。
「ところでアレクさまって、わたくしのことを調べて殿下に報告しますの?」
思い切って早速そう聞いてみると、ごほっと咳き込むアレクさま。紅茶が喉に引っかかったのか、しばらくむせてしまっている。
(……ちょっと聞くタイミングが悪かったわね。ごめんあそばせ)
こちらの手の内は、多少誤魔化したものの、昨日ほとんど話してしまった。だからわたくしは確かめなくてはいけない。
――この目の前の彼が、わたくしの生活を脅かす存在なのかどうかということを。
「それは……」
「あなたとわたくしは、殿下を介してのお付き合いしかなかったですわよね?お話したこともほとんどありませんし、こうして2人で町を散策するなんてことをする関係ではなかったはずです。
それに、あなたは……あの男爵令嬢の味方なのでしょう?」
あの断罪の日。
紺色眼鏡さまは確かに少女の側にいた。
考えごとをしまくっていたから取り巻きレンジャーズの表情は良く見ていなかったけど、ちらっと見たときには眼鏡をくいってしてたわね。
「……そうですね、今までの僕の行動を見ていたら、そのように思われても仕方ありません」
すっかり落ち着きを取り戻した様子のアレクさまは、わたくしを真剣な表情で見る。そして、「まずは」と言葉を紡ぐ。
「何から話しましょうか。口ではいくら言っても信じてもらえないかも知れませんが、僕はあのパーティであなたが貴族籍を剥奪されて、ここに送られることを知らなかった」
「あら?でもアレクさまは殿下の1番の側近だったのではなかったですか」
「そうですね、僕もあの日まではそう思っていました。でも知らされなかった。他の側近たちは知っていたように思いますが」
「…………」
(うーん。思っていた展開と違うわね。まあでもゲームではその辺の描写がなかったから、断罪の裏側は本当はそんなものだったのかしら?)
これはどう判断すべきなのだろう。確実に混乱した顔をしている自信があるわ。そんなわたくしをみて、アレクさまは安心させるように優しく微笑む。
「結局間に合わなかった僕が今更何を、と思われるかもしれません。
事前に手を打つことができれば良かったのですが、僕は事後的にしか対応できなかった。あの時助けられず申し訳ありませんでした。あなたがご自身で手を回されていた事には驚きましたが……」
あなたが無事で良かった。そう言ってアレクさまは頭を下げた。
「えと……殿下や側近のみなさまはあの子に嫌がらせをし続けたわたくしのことを憎く思っているはずで――」
言いかけて、言葉を止める。
頭を上げたアレクさまが、とても怖い顔をしていたからだ。もともとの眼力と相まって、目で人を殺せそうな顔をしている。ほんとにこわい。
「それをあなたが言うのですか。……実際は嫌がらせなどしていないのに」
「っ!」
「あなたに罪を押し付けた令嬢たちは、軽く問い詰めただけですぐに嘘だと――あなたの指示はないと言いましたよ」
厳しい表情を崩さないままそう告げるアレクさま。その"軽く"に得体の知れない恐怖を感じたわたくしは間違ってないと思う。ご令嬢がたは無事なのかしら。
そんなわたくしを尻目に、少しだけ間をおいて、それに、と続ける。
「あの男爵令嬢について、僕が個人的に何か好意を寄せているということはありません。なので、彼女を擁護する気は一切ない」
わたくしを真っ直ぐ見つめるアレクさまの蒼色の瞳。
そこに嘘はないように思う。
「……お話は分かりましたわ」
「ありがとうございます。ああそう、僕はもう殿下の側近の地位は辞して居ますので、あの方と連絡を取ることはありませんよ」
「ええ!?」
「学園生活においても殿下を諌めることができませんでしたし、大事な決断について、蚊帳の外だったわけですから。まあ辞したというより、辞めさせられた色合いの方が濃いかも知れませんね」
ふ、と口の端から笑みをこぼすアレクさまの表情は、どこか晴れやかだ。
とんだ爆弾発言だわ。ゆくゆくは王となる殿下の1番の側近で、宰相の子息である彼には輝かしい未来が約束されていたはずなのに。
(彼はヒロインの逆ハー生活に参加しない。予想外の展開だわ……)
そんなことを考えていた時、コンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえた。
アレクさまが「どうぞ」と応えると、わたくしが良く知る人が部屋に入って来たのだった。