41 あの人に遭遇しました①
わたくしに見つかって慌てた様子だったユリアーネさんは、あたふたと周囲を見渡した後、観念したように茂みから出てきた。
非常に浮かない顔をしている。
「ディアナ様、アドルフ様、無作法をして申し訳ございません……私ったらイベントの邪魔とか一生の不覚……っ」
ユリアーネさんは、見てわかるくらいにどんよりと落ち込み、消え入りそうな声でそう言った。
後半は聞こえなかったけれど、なにがあったのだろう。
バートの方を見ると、小さく嘆息したあとにゆっくりと立ち上がった。
「エイミス伯爵令嬢。君はなぜ、あのような場所に? 私たちがここに来ることを知っていたのか?」
「め、滅相もございませんっ! 誰が来るかな〜とは思っていましたけど……」
「誰かから指示を受けて、我々を尾行していた訳ではないと?」
バートの横顔はピリピリとしている。いつもより威圧感があるように思えるのは、気のせいではないだろう。質問の内容がなんだか不穏だ。
「もちろんです、神に誓ってもお二人を害するだなんてありえません! 私は……あのっ、イベントスチルをわくわく拝みに来ただけですので!!!」
「!」
身の潔白を証明しようと、ユリアーネさんはあたふたしながらも力強く主張する。
バートを見た後、救いを求めるようにわたくしを潤んだ瞳で見つめる。
「……訳が、わからないのだが」
「待って、バート。わたくしにはユリアーネさんの目的が分かったわ。あなたが懸念しているようなことではないわ、絶対に」
頭を抱えるバートを前に、わたくしがユリアーネさんの擁護に回ることにした。
イベントスチル、と彼女は言った。
今日はサマーパーティという学院を挙げてのイベントで、ここは時計台。そしてユリアーネさんのこれまでの話。
――今日はここで乙女ゲームイベントがある日だったのね……!?
だから彼女はここに先回りすることが出来たのだ。ユエールでのいつかのわたくしが、ヒロインイベントを確認していたように。
そうよね、という気持ちを込めてユリアーネさんを見つめ返すと、濡れた犬のように怯えていた彼女はブンブンと激しく首を縦に振った。
「はい……! 本当に、お二人を付け回していた訳ではありません。なんなら、午前の部が始まってすぐにここにいました!」
「わあ……」
ユリアーネさんは水を得た魚のように元気を取り戻し、堂々と主張した。
朝からとなると、本当にずっといたのね。
「はあ……エイミス嬢には悪意がないということでいいのか? ディアナ」
未だに疑いの目をユリアーネさんに向けつつ、バートはわたくしに確認する。
わたくしが何らかの事情を知っていると汲んでくれているらしい。
「ええ。""ここにいること""自体が彼女の目的で、たまたまわたくしたちがここに来ただけですもの」
わたくしの知らない乙女ゲーム続編の展開を知っているユリアーネさんは、これまでもローザさんのバッドエンドなどの情報を教えてくれた。
それにより行動ができたのだから、彼女が悪であるはずがない。
「……ええっと、まあ……たまたまではないと思うのですけれどね」
ユリアーネさんがバートを見ながらそう言うと、その視線に気が付いた彼は、ようやく表情を和らげてフッと微笑んだ。
「――分かった。エイミス伯爵令嬢、問い詰めるような真似をして申し訳なかった」
「い、いえ……! 本当は私も背景に同化しなければならない所を興奮して前のめりになりすぎましたので有罪です。モブ失格です。申し訳ございません!」
ユリアーネさんはガバリと頭を下げ、それからまた素早く身体を起こした。
「最後にこの場をお借りいたしますが……アドルフ様、今日までダンスレッスンの監修ありがとうございました。おかげでダンスが苦手な友人たちも上達したと喜んでおります。では、私は消えます!」
早口でそう言い切ると、ユリアーネさんはシュタッと走り去って行った。
「……嵐のようだったわね」
「全くだ。せっかくディアナとゆっくり出来ていたのに」
ふう、とバートがため息をつく。
彼女にこの世界にまつわる不思議な知識があることを知っているのは、わたくしとクイーヴだけだ。
しかもこの前はバッドエンドとノーマルエンド、ヒロインの辿る先のことに絞って話をしていたため、各種イベントについての情報は皆無だった。
……それに、バートがダンスレッスンの監修をしていたって、どういうことかしら?
「あの……バート。ユリアーネさんたちにもダンスを教えていたの? 監修、って」
「ああ。あの教諭が解雇になってから初めてのパーティで不安がる生徒も多いからと殿下が生徒たちに声かけをされて。自主参加のダンスレッスンを数度開いたんだ。最後はほとんど全員が参加していたな」
「そうなのね」
「男女それぞれ生徒がいるから、私と殿下とエレオノーラ嬢が指導をして、見本は殿下たちが見せるといった形だったんだが思いのほか盛況だったな……」
「た、大変だったのね」
バートが遠い目をしている。
確かにバートはダンスが上手だけれど、それだけたくさんの人に教えながらとなると随分大変だったはずだ。
ローザさんとの会話が教官と教え子のようだったのも、まさにその通りだったからなのだ。
……わたくし、どうしてかしら。
その事を知って、どこか胸を撫で下ろしている自分がいることに気が付く。
「さっきの質問への答えだが、今回のダンスパーティーは義務だから私も出席はするが、参加はしない予定だ」
「え……?」
「グラーツ嬢のパートナーになるのは、生徒会で共に活動しているハンスという男だ」
時計台のあるこの場所は緑に囲まれていて、ユリアーネさんが去ってしまえばもう他に誰もいない。
先程までのマーケットの喧騒など無かったかのようにひどく静かだ。自然の音だけが耳に優しく入り込む。
その中で、バートの漆黒の瞳がただ真っ直ぐにわたくしを見ていた。
「私が、ディアナ以外の女性と踊るわけないだろう」
「――っ」
そう微笑まれてしまえば、わたくしはただただ目が離せず、こくりと首を縦に振るしかなかった。
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(⁎⁍̴̛ᴗ⁍̴̛⁎)




