40 ガラスペンとサマーパーティ③
バートの導きで、わたくしは出店で賑わうバザーに来ている。
学院の中央広場にカラフルなテントが立ち並び、あの日バートの出かけた市内のマーケットの縮小版のようだ。
事前情報のとおり、お客さんで賑わっている。一般開放されるこのイベントは、きっと王都の人にとっても楽しいお祭りなのだろう。
自分たちのガラスペンの展示とその取り扱いについてロミルダさんや皆と話し合って過ごした日々は、本当に学生のようで楽しかった。
今も学生ではあるのだけれど。
「ディアナ、ここの菓子は美味しいんだ。本店は町にあるんだが、学院からの声かけで毎年出店しているらしい」
「まあ、そうなの?」
バートが連れて行ってくれたのは水色のテントのお店だった。焼き菓子を扱っているようで、その看板と雰囲気に見覚えがある気がする。
とってもいい香りだわ。
そう考えている内に、バートがさっと注文を済ませてしまっている。
「ディアナは、ナッツが入ったクッキーが好きだったと記憶している。あとは、チョコレートのカップケーキを」
「ありがとう、どちらも大好物だわ。でも、どうして?」
こちらに来てから一緒に過ごしたことで知ったのだろうか。わたくしの方から、これが好き!と主張したことは無かったように思うのだけれど。
よっぽど不思議そうな顔をしていたのか、バートはわたくしを見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ユエールの茶会や夜会で、そればかり食べていたからな、ディアナは。くくっ」
「! み、見ていたの!?」
孤立する茶会や夜会では、お菓子を楽しみしていた。絶対にバレないように、ささっと行動したつもりだったのだけれど!?
「あまりにも幸せそうだから、城の料理人に毎回出すように指示したんだ」
「ええっ、あの焼き菓子はバートが用意してくれていたのね!」
驚くことの連続だ。
そう言われてみると、毎回好きなクッキーとカップケーキがあったように思う。
サフィーロ殿下が主催するそれらの催しにおいて、準備は婚約者だったわたくしの仕事だった。
招待者リストをつくり、招待状を書いて、それからもてなしを。
出される菓子や料理にももちろん目を配る必要はあったけれど、自分の好みで用意するという発想がなかった。
「……本当に、あの頃はささやかなことしか出来なくてごめん」
「そんなことないわ、バート。わたくしのことを気遣ってくれている人がいたと知れただけで、とても嬉しいもの」
にこりと微笑めば、申し訳なさそうにしているバートの表情が心無しか明るくなったような気がした。
「ありがとう。ではディアナ、次はあの辺りに行ってみよう」
「ええ」
「お、二年のクラスはコットンキャンディーにしたんだな。その横ではジュースも売っているが、ディアナは喉は乾いていないか?」
「ええとそうね、少しだけ」
「ではそれを」
購入したジュースを店員から受け取ったバートは、流れるようにわたくしにそれを手渡す。
「経営学クラスの出店は賑わっていて楽しいな。マーケットのようだ」
バートはとても楽しそうにわたくしの案内をしてくれている。
彼もずっとユエールにいたから、こうしてこのエンブルクの王立学院でのバザーに参加したことがないのだと気が付いたのは、ジュースを飲み終わったあとだ。
バートも初めての夏のイベントなのだわ。
楽しそうな顔を見ていると、先程までのモヤモヤも少し飛んでいってしまったように思える。
「ディアナ、次はあっちに行ってみよう」
「ええ!」
こんなにワクワクする気持ちはいつぶりだろう。わたくしは楽しそうなバートの背中を追った。
*****
「ここは……?」
バートと一緒に学院内を散策していると、いつの間にか知らない建物の近くに来ていた。
テラコッタ色のレンガの建物の中央に、大きな時計がある塔のような建物だ。
「ディアナはここに来たことはないか?」
「ええ。校舎のこちら側には近づいたことはないわ」
バートの問いかけに、わたくしはこくりと頷く。初めて来た。
「そうか……それは良かった」
「そんなに……?」
バートが嬉しそうに笑う。
わたくしがここに来ることが初めてで、何かそんなに嬉しいものなのかしら……?
珍しいものでも見せようとしているのかとバートの周りを見てみるが何も変わらない。
「ちょうどそこにベンチがあるから、少し休まないか?」
「ええ。とても涼しそうだわ」
バートが指差す先には、枝葉のしっかりした大きな樹木がある。
その木の下に設置されたベンチは、確かにとても心地が良さそうだ。
歩き回って疲れた事もあり、わたくしはその提案に一も二もなく乗ることにした。
――とっっても、居心地がいいわ……!
背もたれにしっかりと身体を預けて座ると、それだけでふっと気持ちが楽になる。
それから葉の間からの木漏れ日と風の音。
とにかくもう気持ちがいい。
それはバートも同じのようで、ぐぐっと伸びをして、和やかな顔をしている。
こんな場所があったなんて知らなかった。
癒される……!
「平和だな。今日はもうこのままずっとこうしていたい」
安らぎの中、不意にそんな呟きが聞こえてくる。
わたくしがバートの方を見ると、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。その漆黒の瞳に嘘はない……ように思える。
「ダメよ。バートたち貴族クラスは午後からダンスパーティーがあるのでしょう。そろそろ準備に戻らなければならないのではない?」
本当に疲れているのかもしれない。目の下にはうっすらクマがあるようにも見える。
でも、バートには大切な用事があったはずだ。
「そんなことより、ディアナとこうしてのんびり過ごしている方が楽しい」
「……っ、だ、ダンスパーティーではローザさんのパートナーを務めるのではなくて?」
「え?」
思わず口から出てしまった。
わたくしがハッとして口を抑えていると、バートはきょとんとした顔をしている。
なにその顔、可愛らしいわね……!?
「グラーツ嬢と、私が踊る……? ああそうか……そう聞こえなくもなかった、か……?」
「?」
バートが何やらブツブツと独りごちる。
何か変なことを聞いてしまったかもしれない。そう思って気を紛らすために周囲の景観に視線を移す。
鮮やかな緑の芝と、葉の生い茂る樹木が続く――
「あら……?」
そう、景色が続くはずだったのだけれど、わたくしの視線は木陰にいた人物に釘付けになった。
向こうもこちらを見ていて、バッチリ目が合っている。
「ユリアーネさんだわ。ごきげんよう」
「ひいっ……!」
物陰にいたのはユリアーネさんだった。
なぜそんなところにいるのかは分からないけれど、彼女も涼みに来たのかもしれない。ここはとても涼しいもの。
お読みいただきありがとうございます!
1/25、コミックス発売です⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎




