38 ガラスペンとサマーパーティ①
放課後、予定通りにガラス工房に到着したわたくしたちは、早速ガラスペンのお披露目をしてもらえることになった。
「あれ、ロミルダも来たのか」
「わっ悪い!? 私だって気になるもの!」
サシャさんの登場にロミルダさんはなぜだか慌てた様子を見せている。心なしかロミルダさんの頬が赤い気がするが、馬車の中が熱かったからだろうか。
「ディアさん、こちらです」
「失礼しますわ」
ローザさんに案内され、奥の部屋へと移動する。
今回はきちんと事前に話をしていたし、先日の金貸問題ももうすっかり解決して借用書も回収したとバートが言っていた。
だから、この前のようなことになるはずもない。
「じゃあ俺は店先にいますね〜」
「ええ」
ヒラヒラと手を振る護衛騎士のクイーヴに頷き返す。彼ならばきっと異変が生じたらすぐに気が付いてくれるだろう。
「ああ、ヴォルター様、よくいらしてくださいました。早速制作に取り掛かりまして、ようやく形になってきたので一度ご確認をと思いまして」
奥からはローザさんの父である工房主が顔を出す。とても楽しみだわ。
「こちら、現在形になったと思われるもの三点です」
どこか緊張した面持ちの店主が、わたくしの前に慎重に箱を置く。その蓋を開ける様子を、全員で固唾を飲んで見守っているのがわかる。
先ほどまで少し喧嘩のようになっていたロミルダさんとサシャさんだって、真剣な表情でその木箱を見つめている。
「では、失礼致しますね。……まあ、これは!」
わたくしは思わず感嘆の声をあげた。
木箱の中には三本のペンが整然と並べられている。
一番左は、透明と青のグラデーションが美しいデザインで、真ん中のものは赤色、それから持ち手の部分にひねりのような模様が施されている。それから一番右のものは紫色でぷっくりとしたペン先が愛らしい。
「とても素敵ですわ……! どれも違ったデザインで。普段使いにも観賞用としてもとても素晴らしいお品だと思います」
本当に驚いた。正直、わたくしの拙い説明ではここまでのデザインは伝わっていなかっただろうし、まずは文字が書ける機能があれば問題ないと思っていた。
「うちの息子が……サシャが、デザインを考えてくれました。お貴族様向けってことで、気張ったデザインもいいだろうと」
「それはとっても素敵ですね」
「い、いいって、親父、俺のことは……」
急に水を向けられ、サシャさんは照れ隠しなのかそんな言葉を紡いでいる。
──本当に、とっても素敵だわ。
わたくしはまじまじと目の前のガラスペンを見つめる。
趣味で集めていた前世の記憶を思い出す。ガラスペンは一つとして同じものがない。微妙な配色、造形、グラデーション。それらが少しずつ異なって、それぞれがとても美しい。
「……大丈夫そうでしょうか?」
心配そうにわたくしの顔色を伺う工房の主人の目の下には隈がある。きっとあれから、根を詰めて作業に邁進してくださったのだろう。
「もちろん問題ありませんわ! 書き心地なども確認したいと思いますけれど、量産の目処はつきそうでしょうか?」
「! ありがとうございます。そうですね、今はまだ一つ一つ時間がかかっていますが……」
「受注生産という形で問題はないかと思いますが、しばらくは生産数を制限した方がいいでしょうね。逆にプレミアが上がっていいかもしれません」
「ぷ、ぷれ……?」
「特別感があるということです」
わたくしは思いっきり現代の言葉で言ってしまったことを言い直す、
限定何本、などと表記した方がコレクター心をくすぐることは経験から知っている。経営学クラスでもそんな話があったもの。
「では、それで」
「ええ、お願いいたしますわ!」
わたくしと工房長が熱い握手を交わしていると、これまで黙って傍にいた人物がメガネの弦をくいと持ち上げた。
「では、契約の前にこの品の権利関係について整理しておきましょう。ガラスペンについては現在この国にはない品物であることは確認しています。つまり、今後模倣される可能性があるので、その特許について申請しておくと良いかと。それから──」
分厚い書類を片手に、その人物はつらつらと説明を進めてゆく。
「えっと、アレク……?」
そう、アレクなのだ。馬車の前で待ち合わせをした時に、ローザさんが困ったような顔で一緒に連れ立っていたのだ、まさかのアレクだった。
どうやら殿下とバートから並々ならぬ言付けをされているらしく、馬車の中でもずっと書類と睨めっこをしていた。おかげで四人乗りの馬車は不思議な空気感に包まれたし、クイーヴは御者さんの隣にちょこんと乗せてもらっていた。
「はい。ディア様。僕はこの件について殿下たちから一任されておりますので、法務関係はお任せください」
「えっと、それはまあ、信頼しているけれど」
「……っ。こちら新規事業になりますので、ディア様や工房が不利益を被らないよう厳密に対処していきますね」
「お願いします」
こうして会話を交わすのは久しぶりだ。殿下の付き人兼文官候補として目覚ましい活躍をしていることは人伝に聞いている。
元々能力のある人だったのだ。
あんな馬鹿げたことでこの人の人生がダメになってしまわないでよかったと心から思う。
権利関係について、これほど心強い味方はいないと思う。
アレクと工房長が話し合いをしている間、わたくしはまた手元のガラスペンに視線を落とした。
美しく繊細な輝きに、思わず笑みが溢れる。
──文化祭、とっても楽しみだわ。
わたくしはこの先の文化祭でのお披露目がとても楽しみになった。
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