37 ヒロインを守りましょう③
下町での借金取り騒動から一週間程が経った。
わたくしとしても自覚があるからちゃんと大人しく過ごしていた。とても平和だったように思える。
学園はサマーパーティーの準備に浮き足立ち、どこかソワソワとした空気が流れている。なんだかとても懐かしい。
お祭り独特の期待と不安が入りまじる独特の空気感だ。
「今日は天気がいいですね」
「ええ。風が気持ちいいですわ」
わたくしは現在、ロミルダさんと共に景観のいいテラス席で昼食を取っている。
時折吹く風がさらりと頬を撫でてゆく。日本の夏とは違ってベタベタしていなくてとてもいい。
「ディアさんっっ!」
そこに、ローザさんが息を切らせながら走ってきた。頬を紅色に染め、その表情はどこか明るい。
「ローザ、どうしたのそんなに慌てて」
「はあ……はあ、ロミルダちゃん! あのね、完成したの!!」
目を丸くしたロミルダさんが尋ねると、ローザさんは息が整う前にそう告げた。
彼女がこうして走って伝えに来てくれるということは、つまり。
「ガラスペンが出来たんですね」
「そうなんです! お兄ちゃんとお父さんが、ディアさんに是非見に来て欲しいって! 本当は持って来たかったんですけど、壊れるといけないので……」
ローザさんは子犬のように瞳を愛らしく潤ませている。正ヒロインの名に相応しい美少女だ。
「ええっ、それあたしも見たいなぁ」
「わたくしも、早く見たいですわ。早速今日にでも。あっ……」
「ディアさん、どうかしましたか?」
わたくしの脳裏には、涼やかな顔をした黒髪の人物の顔が浮かんだ。
……バートに内緒で行ったら、怒られそうな気がするわ。
わたくしも流石に先日の件で確信をした。
一人で行動することは、はるかに周りに迷惑をかけてしまう。
この前はバートが色々と手を回してくれたからスムーズに事が運んだけれど、一人だったらどうだっただろう?
警ら隊を呼びに行くにも場所が分からないし、足が竦んでいたかもしれない。
ただでさえ色々とトラブルが発生している現状、ここで勝手な行動を取る事はできない。
「ちょっと、バートやクイーヴに聞いてみるわ」
わたくしがそう告げると、ロミルダさんは口角をにんまりと吊り上げた。
「バート、って、ランベルトさんのことよね!? ああもうめちゃくちゃ気になるわ。ディアさんと彼、ただならぬ仲って感じで!!」
「そ、そんなものじゃ……」
「じゃあどんなものなのよー」
「ええっと」
ロミルダさんは水を得た魚のように瞳をキラキラと輝かせている。救いを求めてローザさんの方を見ると、彼女も彼女で何か期待に満ちた瞳でわたくしの方を見ていた。
「ローザさん?」
「……えへへ、わたしも気になるなぁって。この前も一緒だったし……」
「なになに!? そんなに一緒にいるの!?」
ロミルダさんとローザさんはとても楽しそうだ。わたくしはとても困惑している。
――これはいわゆる、友人同士の恋バナというものではないかしら。
初めての。
なんていうことなの。わたくしったらいつの間にか友達レベルが上がって、このようなお話が出来るように……!?
感動の瞬間である。
じーんと込み上げてくるものを感じながら、わたくしはいつの間にか両手を合わせて神に祈るような姿勢をとっていた。
「おーい、ディアさん?」
感動に打ち震えていると、ロミルダさんがいつの間にかわたくしの顔の前で手をひらひらと左右に動かしている。
どこか呆れ顔をしているけれど、
「はっ、ごめんなさい。わたくし、お友達とこういう砕けた会話をすることに憧れていて……」
少し切ない気持ちもあるが、それよりも喜びの方が大きい。
ローザさんやロミルダさんがどこか呆れたような顔をしている気もしなくはないが、わたくしは現在、喜びに打ち震えている。
「ロミルダさんは、サシャさんと仲がよろしいんですか?」
それならば、わたくしも。
そう思って、ローザさんの兄であるサシャさんの名を挙げてみた。幼なじみということなので、きっと親しいのかな、と思ってのとこだ。
「ぶっ! がっ、ゲホ!」
「ロミルダさん!?」
「ロミルダちゃん、大丈夫!?」
軽い返事が返って来ると予想していたが、ロミルダさんは紅茶を気管に引っ掛けてしまったらしく、顔を真っ赤にしてむせてしまった。
質問のタイミングに失敗したのだわ。
「……ぐっ、手強い上に天然爆弾」
「え?」
「なんでもないわ。時間もないし、ちゃっちゃと放課後のことを決めちゃお! ディアナさんの保護者にはどう伝えようかな」
ロミルダさんが復旧早々なにやら呟いたけれど、わたくしには聞こえなかった。
咳き込み過ぎて涙目になっている。
それからあれこれと三人で算段を立てて、帰りにうちの馬車で一緒に向かうことに決まった。
クイーヴにはその際に伝えて、バートにはローザさんから伝言をしてもらう。完璧だ。
「ローザさんの工房の完成品を見に行くの、なんだか待ちきれないわ」
「わたしも、ディアさんに見ていただけるのが嬉しいです。えへへ、あの、とっても素敵なんですよ」
わたくしがそう呟くと、ローザさんは恥ずかしそうに、でもどこか得意げに応えた。
それだけの自信作を、彼女の父を筆頭とした職人たちが作り上げてくれたのだ。
――とても、楽しみだわ!
わたくしはホクホクとした気持ちで、お昼の穏やかな時間を過ごした。




