◇銀髪の貴公子と没落令嬢
◇ディアナの兄 シルヴィオ視点
「――祖父は嵌められたんですね」
セドナがそう静かに呟いた。
彼女の向かいにいる妹が、どうしたらいいか分からないような顔をしている。
テーブルの上に置かれた紙には、ディアナが記した相関図がある。
(想定外の収穫だな)
正直、ユエール王国の侯爵である自身が、こうして隣国エンブルクの過去の事件について深く関わることになるとは思っていなかった。
ユエール王国は元第一王子たちが引き起こした騒ぎのせいで未だに混乱の中にある。
第二王子は真面目で素行に問題は無いと聞いているが、彼もまた今年から学園に通い始めた所で、何が起こるかは分からない。
そうした不安定な状況のなかで、間諜の調べでかのソフィア=モルガナが消えたと聞かされた時は流石の私も胃が痛かったものだ。
それも含め、確認したいことがあったためにこうしてエンブルクに来た訳だが……
(――セドナの家が没落した原因が、まさかここで判明するとはね)
望んでいた情報が、こうして思いがけず手に入ったことに驚く。その件について調べてもらうために、ランベルトの力を借りようと呼び出していた訳だが……
セドナと私が出会ったのは、ディアナの件があってのことだ。
最愛の妹が緊急時に身を隠していた娼館を元々経営していたほどの女傑。一体どのような人物なのかと思っていたが、初めて顔を合わせるとそこにいたのは歳の変わらない女性で、予想外だったことを思い出す。
さらには例の娼館の改装関係の打ち合わせで、クイーヴと三人で何度か食事をする機会があったが、あまりにも気が合ってひどく驚いた記憶がある。そして酒が強い。
観察力が鋭く、教養がある彼女との会話は小気味よく、痒いところに手が届くような、充実したものだった。
そうして気の置けない友人として親しくなり、事情があってセドナの身元を確認した結果、導き出されたのは『エンブルク王国の元貴族』という情報だった。
彼女の凛とした振る舞いやたおやかな仕草は、そこに起点があったのかと納得すらした。
(没落した貴族令嬢がなぜ隣国で娼館を経営することになったのか、その点は未だ不明だが……)
私は考えを巡らせつつ、隣で紙に視線を落としているセドナを見た。
現在、彼女には恋人のふりをしてもらっている。
アメティス侯爵家を急遽背負うことになった私の元には、ディアナほどではないにしろ、様々な縁談が舞い込んできた。
断罪劇に関わった高位貴族らがことごとく破滅の道を辿ることになり、アメティス家は一挙に筆頭貴族になってしまったのだ。
(私には婚約者もいなかったからなぁ。後々のことを考えて)
妹が王家に嫁ぐことが決まっていたため、貴族社会のパワーバランスを最後まで見極める必要があった。そのための措置だった。
そうしてそれらの面倒ごとから逃れるため、という建前で、仕事仲間のセドナを期間限定の"恋人役"として傍に置いた。
そしてその口実をもとに、こうしてはるばるエンブルクにまで連れてきたのだ。
「……ディー。これからのことで、セドナと話があるから少し私たちは席を外すね」
「あっ、はい」
私はそう言って、セドナの手を引く。
ディーがびっくりした顔で見送ってくれる。そしてその傍らでは、黒髪の男がじっと私の方を見つめていたから笑顔を返した。
◇◇◇◇◇
「どうされたんですか、突然」
セドナを廊下に連れ出すと、彼女は彼女で困惑した顔をしていた。
柔らかな亜麻色の髪が揺れ、湖面のような青い瞳には私が映っている。
「セドナ、大切な話がある」
「え? はい、なんでしょう」
ずっと決めていたことがある。彼女と出会ってからの日々はとても楽しく、軽妙な会話は居心地が良かった。
「私は、君の家が没落した経緯――ゲーべルグ氏を破産に追い込んだ黒幕を突き止め、最終的にはその地位を復活させたいと考えていた」
「え……、そこまでご存知だったのですか」
「まあ、私も色々と伝手はあってね。だが、裏で手を引いている者は分からなかったんだ」
「そうですね、私もようやく合点がいきました」
噛み締めるように、セドナは言葉を紡ぐ。
この国を無一文で放り出された時、この美しい人はまだ幼かったはずだ。辛酸も舐めたに違いない。
セドナの生家が巻き込まれたことを思うと、胸にちりちりとしたものが込み上げる。
「――セドナ」
私は彼女の右手を、そっと両手で包み込む。
驚いた顔でこちらを見あげる彼女は、いつものような大人びた表情ではなく、寄る辺のない幼子のようだった。
「私は、ゆくゆくはこの偽りの関係を本物にしたいと考えている」
「それは……」
「この件について片が付いたら、恋人と言わず、妻になってもらうために求婚するつもりだ」
「……!!!」
そう告げると、いつもは冷静沈着な彼女の顔が一気に赤くなった。珍しいことに、私も思わず頬が緩む。
(――良かった。ただの飲み友達という訳でもなかったようで)
全く意識をされていなかったらどうしようかと思っていたが、少なくとも男性とは思われていたらしいことに安堵する。
「私は、貴方にそのようなことを言って頂く資格はございません」
「セドナ、残念だけれどこれは私の方で決めたことだから、君は絶対に私に求婚されてしまうんだよ」
「……、相変わらずですね、シルヴィオさま」
「ああ。君も私の性格はよく分かっているだろう」
建前で話したり、本音で話したり。そうして少しずつ信頼を築いてきた。
最初は恐縮していたセドナも、いつのまにか呆れたように笑っている。
もし断られることになろうとも、私が彼女に求婚する事実は変わらない。全力をあげて、黒幕を叩くだけだ。
「……わかりました。その時に考えます」
ふふ、と花が咲くように、彼女が微笑む。
「ありがとう、セドナ」
「きゃ!?」
ぐっと手を引き、彼女を腕の中に閉じ込めてみると、華やかな香りがした。すぐに逃げられてしまったが。
私はそうして、まずはユエール側から敵を叩くことに決めた。そのためには国に戻り、王とも話をつけなければならないだろう。
そうして国に戻ることを告げ、かわいい妹と抱擁を交わしたのだが……
「お兄様、今日はいつもと違う香りを召していらっしゃいますのね。華やかな」
「っ、そうだね」
先程のセドナの香りが少し移ってしまったらしく、ディアナにそう指摘されてしまったのだった。




