31 擦り合わせは大切です
追放令嬢コミックス第2巻、発売中です!!!!
「ソフィア・モルガナが見つかっただって?」
家に戻り、わたくしととセドナは今朝の出来事をつぶさにお兄様たちに説明をした。
そこで、彼女を黒楼亭で見かけたことを報告したのだ。案の定、お兄様は驚愕の表情を浮かべている。
「見間違いかもしれないのですが……」
「ディアナがあの女を間違えることはないでしょう」
わたくしの言葉にやけに自信たっぷりに口を挟んだのは、隣に座るバートだ。
彼がここに来ることは知らなかったため、娼館から帰って来てその姿を見た時は驚いた。
――お兄様が、わたくしが知らぬ間に別件で呼び出していたみたいだけれど。
「……しかし、色々とややこしいことになっているんですね」
「そうだねぇ、私もまさかユエールの問題がこちらに関わってくるとは思わなかった」
頭を抱えるバートの言葉に、お兄様も呆れたように同意する。
――本当に、そうだわ。
わたくしも心の中で大きく頷く。点と点が繋がり、色々な事がひとつになっていくのが恐ろしくもある。
「では一度、これまでの事を整理しますね。色々と情報が増えてきましたもの」
わたくしがそう提案すると、セドナがさっと紙を持ち出してくる。
お兄様とバートが頷いたのを見て、わたくしはこれまで起きた事件と知らせる事が出来る範囲の乙女ゲームの設定を書き出すことにした。
「まずは……最新の情報ですが、黒楼亭の前に乱雑に停まった馬車からソフィアさんが降りてきました。粗野な男と一緒でしたわ」
「状況からすると、売られたんでしょうねえ」
冷静なセドナの言葉に、わたくしはこくりと頷く。それから、お兄様の方に向き直った。
「お兄様、ソフィアさんはいつ居なくなったのか分かりますか?」
「私がこちらに来る時にはもう行方不明だったよ。刑の執行はディーがこちらに来る前に執り行われているはずだから、時間的に合わない部分もある」
「――足がつかないように、第三国を経由した可能性がありますね。ユエールからの航路は警戒されていたはずです」
「私もそう思う。だとすると、経由したのはトニトルス山脈か」
お兄様とバートの発言をわたくしはサラサラと紙に書き留める。
ユエールとエンブルクを最短で行くならば航路を使う手段が最も一般的だけれど、険しい山道を越えるルートもある。
モルガナ嬢は少なくとも二ヶ月以上の時間をかけて、黒楼亭に到着した可能性がある。
「やっぱりこれって、セドナが言っていた人攫いの集団が関係しているのかしら」
「可能性は高そうですね。その集団と例のキュプカー家が裏で繋がっているという話も耳にしました」
「キュプカー家……と」
わたくしは近年勢力を増しているというキュプカー家のことを追記する。
百花楼の元楼主であるマダムから聞いた話によると、業績が落ち込んだ黒楼亭を買い上げたのは、そのキュプカー家だったそうだ。
「黒楼亭のオーナーがキュプカー家で、ソフィアさんはそこに売られた……」
なんだか、これって。
「偶然とは思えないな。キュプカー家は完全に黒だろう」
バートがわたくしの気持ちをそのまま代弁してくれたことに驚きつつ、わたくしも頷いて口を開く。
「マダムや娼婦の方に聞いた話では、黒楼亭は娼婦をかなり酷使するやり方で、やけに繁盛しているそうですわ。見るからに異国の女性と分かる人もいるそう」
「キュプカー家のことは王家も警戒しているのだが、金貸しのスワロー男爵家と並んで弱みを握られている貴族も多い。キュプカーもスワローも評判的には最悪だ」
スワロー男爵。わたくしはその名前も紙に書き足す。セドナの生家である伯爵家の没落後に興隆したふたつの家を並べてみる。
それから人攫い集団についての記述をまとめて、この三者を線で繋いでみた。どうにも胡散臭いトライアングルの完成だ。
「このスワロー男爵というのが、好色家であり黒楼亭のお得意様だと言っていたわね」
わたくしの問いかけに、紙に描かれた三角を眺めて思案げな顔をしていたセドナが頷く。
「ですねぇ。黒楼亭は人攫いで連れてきた娘を娼婦として働かせてるって所でしょうか」
「そうね、セドナ。それで、スワロー男爵がその女性たちを狙ってやってくる上客なのかもしれないわね」
「……オーナー。そういえば、ユエールの娼館で出禁にした客がいましたよね。やけにふんぞり返って偉そうで、娼婦たちに対してひどく振舞っていた輩が」
「そういえば……! いたわね、そんな人が。ユエールの貴族じゃないとは思ったけれど、エンブルクからはるばる来ていたのかしら?」
スワロー男爵の顔をよく知らないため、どうにも判断が出来ない。だが、印象に残るくらいに酷い客がいたことは確かだ。
いまいち情報が結び付かないでいると、顎に手をあてていたバートが何かを思い付いたようにこちらに身を乗り出してきた。
「スワロー男爵の顔なら私が知っている。誰か絵を書ける者に頼めば、その男の事が分かるかもしれない。ディアナには直接会わせたくはない人物だからな」
「あら。じゃあ私が描きますね。オーナー。紙をお借りしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます。では早速、私がその出禁男を描いてみますね」
ペンを手にしたセドナは、一瞬の迷いもなくサラサラと人物の絵を描いてゆく。
下膨れの輪郭、ぎょろりとした目、人あたりの良さそうな垂れ眉で――。
そういえば、セドナの祖父はあの絵画を描いた人だ。彼女にその才能が受け継がれていても不思議ではない。
「出来ました。簡単ですが、こんな感じだったと思います」
程なくして完成したその絵は、紛れもなくユエールの娼館で騒ぎを起こした人物だった。
「どう? バート」
「これは……紛れもなくスワロー男爵だ。まさか、ユエールにまで足を伸ばしていたとは」
セドナが描いた人物を確かめたバートは、困惑したように顔を歪める。
出禁男はスワロー男爵という人物で間違いがないらしい。
金貸しで利益を得ているということから鑑みて、かなり羽振りがいいのだろう。
ユエールにまで来ていた変態男爵、攫われたソフィアさん、エンブルクの娼館、興隆したキュプカー家、没落したセドナの伯爵家。
そして、ローザさんが迎える可能性のあるバッドエンド。
後ろ盾のない平民の少女が、貴族令嬢の怒りを買った後に起こるエンディング。
――ちょっと待って。続編の世界観が予想以上に大事だわ?
自分でまとめた壮大な相関図を見て、わたくしは思わず息を呑んだ。
お読み下さりありがとうございます!
ちょっと複雑になってきたのでまとめ回です。見返したところ20~30あたりの内容に誤字やら重複やら説明不足なところがあったので書き足したりしております。申し訳ありません〜( ߹꒳߹ )




