29 娼館を買いましょう その2
計画から一週間。異例のスピードで王都の娼館のひとつ『百花楼』がわたくしの物となった。
そして、今日はその娼館に直接行くこととなっている。
「はあ……緊張するわ」
「ふふ、またまた。大丈夫ですよ〜。これまでの方がド修羅場だったじゃないですか」
お忍び用の馬車に乗っているわたくしがそう嘆くと、向かいにいるセドナからはけろりと笑い飛ばされた。
「確かにそうね」
ユエール王国での婚約破棄騒動からのあの怒涛の日々を思えば、確かに何もかもが緩やかに思える。
わたくしはあの日々を乗り越えたのだ。
そう思うと、俄然強気になってきた。
カーテンからちらりと外を覗けば、以前行った城下町の商業区が見えた。
まだどこも準備中で、オーニングや立て看板の準備をしたりしている。
この賑やかな通りからふたつほど小道をゆけば、飲み屋や件の娼館が並ぶ夜の繁華街へと入ってゆく。朝なので静かだが、きっと夜は賑やかなことだろう。
「――着きましたね」
そうしている内に馬車が止まり、『百花楼』の裏口近くに到着したことを知る。
店内に入ろうとした所で、やけにあたりが騒がしくなった。
石畳を蹴る足音と、ガラガラと回る車輪の音。やけに急いでいる馬車が、近くを通るところらしい。
「オーナー、危ないのでこちらに」
「朝早くにどうしたのかしら」
わたくしとセドナは道の端に避けて、その馬車をやり過ごそうとした。
だがその一頭だての粗末な馬車は、わたくしたちがいる場所から数メートル進んだ先の店先で止まった。
まずは男性がひとり降りる。それから、頭からすっぽり外套をかぶった若い女が降りてきて――
「……え?」
わたくしは、その姿を見て呆然としてしまった。慌てて羽織っている黒の外套を深く被り直し、その方向に背を向ける。
――どうして、あの子がここに……?
馬車が走り去る音が聞こえる。「早くしろ!」と男性が怒鳴る声がした後、周囲はまた静かになった。
「……なんなのでしょう、アレは」
セドナの声を聞きながら、先程の女性を思い出す。以前よりくすんではいたが、桃色の髪がちらりと見えた。顔はあまり見えなかったが、少しやつれていなかったか。
「セドナ……あの場所はもしかして、『黒楼亭』のある場所かしら」
「どうやらそのようですね。とりあえず、中に入りましょうか?」
「ええ」
城下にはふたつの娼館がある、ということは事前に調べ上げていた。先程の二人が入っていったのは、どうやらもう一方の娼館のようだ。
客引きにおいてしのぎを削っているこのふたつの娼館は元々は姉妹店だったそうだが、黒楼亭のオーナーが変わってしまった後からは関係性がとても悪いらしい。
色々と黒い噂が付き纏っているのも、そちらの娼館の方だ。
「……ソフィアさんがどうして黒楼亭に……?」
先程の女は、ソフィア・モルガナだった。
長い間、わたくしはずっと彼女を見てきたのだ。見えたのはほんの一瞬だったが、わたくしが見間違うはずがない。
断罪により、別の国に送致されたはずのソフィアが行方不明になった挙句、こうしてこの国にいる――それは、彼女の護送を担当したユエール王国の騎士団の中にも手引きをした者がいるということにならないだろうか。
大丈夫なの、ユエール王国……。もっと頑張って、ユエール王国。
「……楼主に急ぎここ最近の詳しい話を聞きましょう。なんだか思ったより大変なことになってきたわ。ユエール王国やばいわね」
「やばいですね」
色々と頭が痛くなりつつ、わたくしはセドナと共に建物の上階へと足を進めたのだった。
こちらも頑張って執筆進めます。お付き合いいただき本当にありがとうございます。




