◇桃色の女は消えました
◇ソフィア視点
――こんなはずじゃなかったのに。
馬車に揺られながら、わたし、ソフィアはずっとそう思っている。
罪人として乗る馬車は、いつもよりずっと粗末で、身体中が痛い。
行き先だって望んでいない。
ほんの数日前まで、いろんな人に傅かれながら、気分良くお姫さまをしていたのに。
それがどうして、わたしが娼館なんかに送られることになるわけ?
ほんとに意味がわかんないんだけど!
「ディアナ……‼︎ あの女のせい……!」
噛みすぎた唇からは血の味がする。
わたしが転生したこの世界は乙女ゲームの世界だった。
そのことに気がついたのは、流行り病で倒れて生死の境を彷徨ったとき。
ひどい頭痛に苦しんで、そしてそれがすっかり治ったころ――わたしは、この世界の自分の立ち位置を知った。
ソフィア=モルガナ。桃色の髪でめっちゃかわいいあのヒロインじゃん。
この世界では、にこりと微笑めば誰もが優しくしてくれる。
幸いにも逆ハールートまで全て攻略したことのあるゲームだし。途中の大型アップデートで王子の側仕えの1人が重要な攻略対象者だということがわかった時も、すぐにプレイし直して攻略をした。わたしにかかれば余裕余裕。
身の回りに起こるほとんどが記憶にある乙女ゲームのままで、わたしはその知識を使って難なく攻略対象者たちの懐に入り込むことができた。
金髪碧眼のイケメン王子のサフィーロは優秀な弟王子がいる所と性格に難ありの婚約者を押し付けられているところが攻略ポイント。
まぁ筆頭攻略対象なだけあって、攻略難易度は低かった。だからかなぁ、そのあたりにつけこめばすんなりと彼の隣を手に入れることができた。
――いじめてくるはずの彼の婚約者、ディアナ=アメティスが全く私に近寄ってこないことだけが計算外だったけれど。
それでも彼女と殿下の仲はゲームどおりによろしくない。
チンケな嫌がらせをしてくるのは、彼女以外の令嬢たち。モブのくせに。
『サフィーさま、わたしなんかがお隣にいていいのですか……?』
『ああ。君こそが俺の真実の愛だ。ディアナとの婚約は近いうちに破棄する』
きたきたきたーーー!!
待ちわびた学園の裏庭でのイベントの日、サフィーロ殿下はわたしにそう言った。
『うれしい……!』
王子ルートは完全攻略だ。
殿下と抱きしめ合いながら、内心笑いが止まらなかった。
わたしに待つのは、王妃になる未来。
ハッピーエンドでゲームクリア。
他の攻略対象者達ともかなりいい感じに話を進めているから、逆ハーもあり得る。
アレクとバートの攻略に関しては少しだけ渋い気もするけど、それでも重要な悩み相談イベントはこなしたし、問題はないはず。
『わたし、怖いです……ディアナ様に、恨まれてひどいことをされたりしないでしょうか。今だって……うっ』
目に涙を浮かべながら、サフィーを見上げる。
『わたし、身分の低い男爵令嬢なので……あなたにふさわしくないと言われるのが、こわいです』
いつか見たイベントの通りに私はセリフを口にする。
『ソフィー!』
感極まったのか、サフィーロ殿下にぎゅうっと強く抱きしめられた。
『大丈夫だ。手立てはある』
『本当ですか……?』
『あぁ。実は今度の卒業パーティーの日、ちょうど父上たちが外遊のためにこの国を不在にする。短い期間ではあるが、その間だけでもディアナを封じることができれば問題はないだろう』
『封じるのですか』
『ソフィーの話からすれば、あいつは王妃にはとてもふさわしくない。娼館にでも送る』
サフィーがわたしの頭を撫でながら、強い口調でそう告げてくる。
わあ、ありがとう。
あぁ楽しみだエンディングが。そしてエンディングの先の未来が。
そんなことを思いながら、わたしはほくほくとした気持ちでそのイベントを終えた。
◇
それから卒業パーティーの日がやってきた。
わたしが思い描いた通りの断罪エンディングがあり、それから私とサフィーと他の攻略対象者たちは離宮で楽しく時を過ごした。
その中にアレクとバートはいなかったけれど、まぁこれまで通り、サボるサフィーたちに代わって、彼らが執務を担っているのだろうと思って、わたしは気にも留めなかった。
それが、こんな事になるなんて、聞いていない――!!
「きゃああっ!」
馬車が急に大きく傾き、わたしは壁に強く身体を打ち付けてしまった。痛い。なんなの、なんなの……!
外で何やら言い争う声がしたが、しばらく話すとそれは静かになった。何が起きているのだろう。
「やあ! 随分とみすぼらしくなったねえ」
ことさら明るい声と共に、横転して天井になってしまっている出入り口から男がこちらを覗き込んでいる。
「あんた、誰よ……!」
見覚えがあるようなないような。ただ向こうはわたしのことを知っているのは間違いない。
なんとかそう絞り出すと、目の前の男はにんまりと口角を釣り上げて下卑た笑みを浮かべた。
「ははっ! やっぱりこんなことを企てる位だからそのぐらい活きがいい女だよなあ!"天使"と称されていたのに……」
なぜだか楽しそうにしている男は、よく見ると整った身なりをしている。まるで貴族のように。
「いや、あんたを手に入れるのも苦労したんだぞ。しっかりと護送されてるからなァ……まあ、嫌々やってた奴らだ、金さえ渡せばすぐに帰った」
「何を……言っているの」
「サフィーロ王子を誑かした傾国の令嬢だ。こりゃあ高く売れるとふんだんだよ。政策が厳しくなったせいで、ユエールでの女遊びはとんとつまらなくなったから、物足りないんだよなァ。くそっ、今思い出しても腹が立つ。この俺を出禁にしやがって、あの娼館……」
わけがわからないが、後半はただの愚痴に聞こえる。あんたの事情なんて知ったこっちゃない。
「残念だったなぁ、ソフィア嬢。まぁでも予定と違うだけで、結論は変わらない。お前はこれから別の娼館に売り飛ばすだけだ。もともと罪人だ、いなくなっても捜索もされないだろう。お前のような娘を買いたがる悪趣味な客もいるんでねえ……はは」
その男は、品定めをするようにわたしを見た。痛いから早くここから出たい。
「やっぱり、私のコレクションに加えようかなぁ。うーん悩ましいなァ」
男の声がしたが、どうでもいい。
わたしは悪くないのに。
悪役令嬢がちゃんとやればよかったのに。ハッピーエンドの先で、こんな惨めな思いをするだなんて、想像もしなかった。
「ディアナ……!!」
断罪の日のあの女の取りすました顔を思い浮かべながら、わたしは唇をかみしめた。
おそくなりました……!(ホラーかな?)
本日コミカライズも更新されておりますよろしくお願いします⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎




