27 遭遇しました
「あれ? あんなところで何してるんでしょーね、坊っちゃん」
額に手をかざしながら、クイーヴが心底不思議そうな声をだした。
全く同じことを思ったわたくしも、その言葉にこくりと頷く。
ちらりと見えた青い頭は、草むらのようなところでゆっくりと動いている。
学園の前庭の外れ、綺麗に切り揃えられた芝生の一角にある、少しだけ手入れが甘い場所。
そこで何やら作業をしているのは、どう見ても最近話す機会がめっきり無くなってしまったアレクその人だった。
――探し物でもしているのかしら。
周囲には目もくれず、何かをかき集めているように見える。
以前の学園生活では見られなかった光景だ。
なんとなく不自然さを感じて、わたくしはゆっくりと彼に近づこうとした。
「……あの、アレク」
「アレクさーーーーん! 見つかりましたか!? あっちにも少しだけありました」
喉につかえながら出した声は、思ったよりも小さかった。そのせいで、別の人物の声で簡単にかき消されてしまう。
伸ばしかけた手を、わたくしはそっと引っ込めた。
「……グラーツさん、ありがとうございます。きっとそれで全部です」
「いえいえ。私もここに来てから色々あったので、そういったポイントは押さえてありますから」
「ふっ、頼りにしています」
誇らしげに胸を張る水色の髪の少女に、眼鏡の人はぽかんとした顔をしたあと、少しだけ微笑んだ。
目の前で繰り広げられるのは、学院の同級生の気安い掛け合い。
その組み合わせが、知り合いであるというだけ。
アレクとローザさんが、少し汚れたように見える書物を手に笑い合っているだけ。
――それだけだ。
「坊っちゃんたち、何かあったんすかね〜?」
間伸びした声がして、わたくしはハッとして前を見た。
よく見ると、アレクもローザさんも、制服自体が汚れてしまっている。
先ほどのような体勢でいたら、そうなってしまうのも当然だ。
「あ、ディアさん。こんにちは」
わたくしの存在にいち早く気が付いたのは、ローザさんだった。ぺこりと頭を下げる彼女の髪に、小さな葉っぱがついている。
「エクハルトさん申し訳ありません。葉がついているので、少し髪に触れます」
「あ、はい」
そのことに気が付いたアレクは、彼女の髪から慎重に葉を外した。
……それだけの、こと。
「こんにちは、ローザさん。アレクも久しぶりね」
わたくしが微笑みながらそう言うと、アレクも綺麗に頭を下げる。
「ディア様、お久しぶりです」
いつもの表情だ。すっとしていて、眼鏡がきらりと光って。
それなのに、以前よりも距離を感じてしまうのはなぜなのだろう。
「坊ちゃんこんなところで何してたんですかー? 探し物なら俺も手伝いますよ」
「……もう見つかりましたので。お気持ちだけありがたくいただきます」
「相変わらずの塩! 俺には塩!」
クイーヴとアレクのやり取りを、どこか遠く感じながら、わたくしは少しぼんやりしてしまった。
……わたくしは、彼に何を望んでいたというのだろう。わからない。
「ディアさん、こんな時間まで学院にいらっしゃったんですね」
「ええ。少し知り合いと話をしていたの」
「そうなんですね」
「ローザさんも、いつもこの時間なの?」
ローザさんに向けたそれは、何の気もない質問だった。
わたくしのクラスと彼女達のクラスはカリキュラムが違うために、よく分からない部分がある。そう思って聞いただけだった。
「いつもはもう少し早いですが、今日は――」
「ディア様、なんでもありません」
答えようとしたローザさんの言葉を、アレクが遮った。彼女も彼女で、ちらりとアレクの方を見ていたので、何か通じるものがあったらしい。
アレクは真っ直ぐにわたくしを見ていて。
詮索をするな、と紺の瞳が告げているような気がした。
わたくしとクイーヴ、アレクとローザさん。
その間には、見えない線が引かれたように感じる。
「それでは、わたくしたちは失礼しますね。クイーヴ、帰りましょう」
「……はーい」
長年の妃教育によって習得した笑顔を作って、わたくしは二人に軽く礼をした。どこか不満げなクイーヴと共にその場を去る。
「なんなんすかねー。坊ちゃんも教えてくれてもいいのに」
「……色々事情があるものよ。わたくしも、人には言えない話をしていたもの」
馬車に乗り込んで早々、クイーヴは唇を尖らせる。そんな彼を窘めつつ、わたくしはそんな言葉を紡いだ。
「帰ったら、わたくしたちもお兄様とセドナに話をしましょう。ユリアーネさんのおかげで、有力な情報が掴めたわ」
「いやホント、あいつあんなに色々なこと知ってたんだなって俺もビックリしました」
「わたくしたちの突拍子もない話を、そうやって受け入れられるのもすごいと思うけれど」
わたくしとユリアーネさんは転生者で、この世界が乙女ゲームのものと酷似していることを知っている。
だが、クイーヴは違う。
この世界に生まれて、この世界で生きて。
そんな彼が、わたくしたちの話を馬鹿にせずにしっかりと聞いてくれたこともとても不思議だった。
クイーヴをじっと見ていると、わたくしの言葉に一瞬目を丸くしたかと思えば、「ああ」と小さく笑みを零した。
「俺は嬢ちゃんと妹のことは信じてるんで。訳わかんない話でしたけど、あながち間違いでもない。話に出てきた貴族たちは、まあユエールでも評判が悪かったですしね」
「そうなの。セドナにもしっかり聞きたいところね」
会話をしている間も、石畳を走る馬車はごとごとと揺れる。その振動と雑談が胸のざわつきを誤魔化してくれるような気がした。




