26 似ていました
「彼女が続編のヒロインなのね」
水色の髪を揺らす少女の顔を思い浮かべながら確認するように言うと、ユリアーネさんは激しく頭を振った。
「はい、そうなんです! それで、入学した時からイベントもしっかりチェックしていたんですけれど、なんとなく違っているんですよね」
「イベントというと……?」
わたくしは恐る恐る尋ねてみる。
心当たりがあるかないかで聞かれたら、ある。
まるで少女漫画のような出来事だと思ったことが、あったもの。
ユリアーネ嬢はこくりと頷いたあと、例の書物を指さした。しっかりとイベントの記載もしているようだ。
「えーとまずですね、入学したあとに悪役令嬢の取り巻きに囲まれるシーンがあります。そこにはメインヒーローの殿下が通りかかることになってます。最初のイベントですね」
「えっ」
「それから、ダンスの授業で教師に前に立たされるのですが、パラメーターが足りないとパートナーのランベルト様が現れなくてクリア出来ません。ここまでにパラメーター上げるのがちょっと難しいんですよね〜!」
「……そ、そうなの」
表面的には穏やかな顔を浮かべながら、わたくしは内心ぐさぐさと何かが突き刺さるような音がした気がした。
冷や汗だって出てきた気もする。
だってそれらのイベントは全て、留学生"ディア=ヴォルター"の身に降りかかったことだ。
そして、"そう"だったから、乙女ゲームの続編を知る転生者である彼女は、異分子であるわたくしの存在が気にかかるようになったのだろう。
「その他の攻略イベントについては、ちょこちょこと発生しているようではあるのですが……今のところ、特定のヒーローはいないようです。殿下もエレオノーラ嬢一筋ですし。このままだと、ノーマルエンドかバッドエンドかなぁって感じなんですよねゲームでいうと」
早口で興奮したようにまくし立てるユリアーネ嬢の言葉を聞きながら、わたくしはふと耳に残った言葉が気になった。
「――バッドエンド……?」
「はい。誰も攻略できないと、野心家の男爵の愛人になるっていうルートです」
「そ、そうなの!?」
「若しくは」
「もしくは!?」
「エレオノーラ様の逆鱗に触れて、国外追放……というか、行方不明になるルートです」
次々と語られる展開にわたくしはつい大きな声を出してしまった。
この世界は乙女ゲームの世界。
それでいて、少し違う世界。
"似たようなこと"が起こってしまうのは、わたくしは身をもって知っている。
もし、ローザさんの身にそのようなことが起きてしまったらと思うと、恐ろしくなった。
「あっちなみに続編の悪役令嬢はエレオノーラ様なんですが、誰がどう見てもフリードリヒ殿下との仲は揺るがなそうなので、この辺りもゲームと違うなあって思っています。悪役令嬢の悲惨エンドは無さそうですね」
どうやら、続編にもしっかりと悪役令嬢の断罪シーンはあったらしい。
それにしても、わたくしがプレイしていたゲームにはヒロインのバッドエンドなんてなかったのに。続編は大分攻めているようだ。
「ユリアーネさん、お願いがあります」
「はいわかりました!」
わたくしが改まってそう言うと、ユリアーネ嬢は何も言っていないのに即座に頷く。その様子を見ていたクイーヴが小刻みに揺れているから、きっと笑っているのだと思う。
「この、続編のことについて聞いてもいいかしら? ローザさんのバッドエンドにまつわる、この男爵や行方不明のあたりについて」
「ええ! バッドエンドもノーマルエンドもひととおり試してみたので抜かり無しです」
ユリアーネ嬢は得意げにどんと胸を張る。
彼女は全てのルートをやってみるタイプのプレイヤーだったみたいだ。
「ええと、ではまず男爵の愛人の件ですが――」
そこからわたくしは、彼女がもつ情報の全てに耳を傾け、その内容を胸に留めた。
□
ひと通り話をしてユリアーネさんと別れた私は、クイーヴと共に馬車乗り場までの道のりを歩いていた。
お互いに無言。
わたくしは、先ほど聞いた話を頭の中で整理しているから、というのも理由のひとつだ。
「……驚きました?」
意外にも、先に口を開いたのはクイーヴの方だった。ちらりと見上げれば、どこか所在なさげに頭をかいている。
「驚いたと言えば驚いたけれど。もう色々な事がありすぎて、ちょっとやそっとじゃ驚かないわ」
「ははっ! 違いないっすね。お嬢の周りは何かと話題が絶えないもんなぁ」
わたくしが半目になりながら心のままに答えると、クイーヴは堪えていたものを吹き出すように笑う。
最近少し神妙な顔をしていたように見えたのは、ユリアーネ嬢のことがあったからなのかもしれない。
この護衛には、飄々として明るい姿が似合う。
「でも、ユリアーネさんと引き合わせてくれてありがとう。彼女のおかげで色々と分かったことがあったわ」
わたくしがそう言うと、クイーヴは満足そうに頷いた。
「いやホント、あんな生き生きしたあいつを見たのは久しぶりでしたね。小さい頃みたいでした」
「ふふっ。可愛らしかったのでしょうね」
「そりゃまあ。なんてったって俺の妹ですからね」
にっかりと得意げに笑うその顔は、先程のユリアーネ嬢のものとよく似ている。
この国で家を失ったセドナと、家を出たクイーヴ。どちらも事情があっての事だろうけれど、そんな彼らがわたくしの傍にいるのは、なんという因果なのだろう。
「……あっ」
そんなことを考えながら、まもなく馬車乗り場に差し掛かるという所で。
紺の髪を揺らす後ろ姿がわたくしの目に飛び込んできた。
お読みいただきありがとうございます。
本日コミカライズ最新話も更新されております。よろしくお願いします。
※感想欄閉じております。完結したら復活します……!!




