4 茶髪美女に呆れられました
短編の話はここまでです。
「ディー、君に聞きたいことがあるのですが」
「聞きたいこと、ですの?」
「ええ。ただ、こんな人の多いところではとても話せない内容なんです。だから、どこか落ち着いて話せるところに行きたいと思うのですが。――ああ、そういえばこの街にはいいカフェがありましたね、では行きましょう」
「え、あの、アレクさま、わたくし」
「そこのカフェのケーキは美味しいと評判なんです。行ったことはありますか?」
「いえ、ないですけれど」
それは良かった、と微笑みを浮かべて、アレクさまはわたくしの手を取って歩き出す。
(……アレクさまってプライベートだとおしゃべりするタイプなのねぇ。ゲームの中では割と寡黙なキャラだった気がするけど)
まあゲームと現実は違うわね、と思っていたのと違う一面に感心しながら、大人しく付いていくことにする。
ところでさっきの会話、わたくしに拒否権はあったのかしら?
――――――
カフェに着いて、やたら恐縮する店長に店の二階にある個室に通された。
カントリー調の可愛らしいお店で、わたくしは何も注文していないのに、そう時間をおかずにケーキと紅茶がテーブルの上に並べられたのには驚いた。
苺が乗った可愛らしいケーキを心のままにひとくち、ふたくちと食べて、はたと気付く。
おかしい。ダイエットのために外に出たのに、結局甘いものを食べてしまっている。
「申し訳ありません。無理矢理連れてきてしまって」
遠い目をしたわたくしを見て困っていると解釈したのか、アレクさまは申し訳なさそうに眉を下げた。
(殿下に取り巻いているときは紺色眼鏡としか認識していなかったけど、こんな表情もするのね)
さっきのおしゃべり云々もそうだけど、考えてみれば、乙女ゲームの世界とはいえ、彼らも生きている生身の人間だもんね。ここまでの展開があまりにもアレすぎて、頭がゲーム脳になってたわ。反省反省。
「いえ。それで、わたくしに聞きたいこととは何でしょうか?」
紅茶をひと口飲んで落ち着いたわたくしは、同じくひと息ついた様子のアレクさまにそう尋ねた。
あら、この紅茶美味しい。もう一口飲みたい。
「……僕は昨日、貴方が送られた娼館へ行きました。そこで、店主らしき女主人から、ディアナという少女は、先日にも異国の貴人に身請けされたと聞いたのですが」
ぶーーーっ!
思わず口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
そうだった。昨日はセドナに店主のフリをしてもらって、ディアナは身請けされててここにはいませんよって設定で嘘をつかせたんだった。
「あ、あら。それはですね、うーんと」
「その反応からすると、この話は事実と違うようですね。ディーは今もひとりで自由に散歩をしているようですし。そもそも娼館には行っていなかったのですか?どこか別の場所に送られたのですか?」
「い、いえ!あの日確かに娼館に送られましたわ。それから娼館で暮らしてはいますが、なんというか、その」
「ディー?」
有無を言わさないアレクさまの圧力笑顔に屈したわたくしは、婚約破棄の夜から今日に至るまでのこと、娼館をあらかじめ買収していたことも含めてあっさりゲロってしまっていた。
娼館を買収していた件はアレクさまも流石に驚いたようで、どうしてここに送られることが分かっていたのかなどなどたくさん質問されたけど、全て曖昧にうふふーと微笑んでごまかしておいた。
侯爵令嬢時代はそれなりに腹芸も嗜んで、日々無表情とポーカーフェイスで過ごしていたはずなのに。
怠惰な生活を数日続けたせいで、腹と顔面の防御力が著しく低下していたようだ。
彼は味方なのかしら、敵なのかしら。
せっかくうまく断罪をちょろまかしてのんびり暮らしているのだから、ここで失敗したくないわ――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まあ、わたしが止めたのに迂闊にも外に飛び出して行ってラズライト様に遭遇してしまったオーナーは、さすがの私も詰めが甘いと思いますが。……それで、何がどうして明日もその宰相のご子息さまと街を散策することになるんです?」
「聞かないで欲しい……」
セドナの言葉に、わたくしはうなだれる。
アレクさまにたくさん尋問?され、神経をすり減らされて最後は朦朧としていた気もするが、最終的に明日また会う約束を交わしてしまった。今夜もこの街に滞在するらしい。
今日までふたりで一緒にお茶なんてしたことなかったのに何で?明日も?何で?
「分かったわ!わたくしが怪しい行動を取らないかどうか見張って、逐一殿下に報告するつもりね、なんてこと……!」
「……オーナー。あなた本当に17歳なの?その方面は本当にダメなのねぇ」
何かしら、セドナがわたくしを見る目が昨日以上に残念なものになってる。今日はその上ため息までついている。わたくしちゃんと17歳だし、もっと言うと前世では25歳まで生きてたけれど?何か足りない?
「あら、もうこんな時間。オーナー、私もそろそろ仕事に行ってきますね」
「え、ああそうよね、そろそろ暗くなってきたわね」
混乱しているわたくしを余所に、鮮やかな赤色のイブニングドレスを翻してセドナが部屋を去る。
……だってここは娼館だもの。彼女たちの本業の時間だものね。
わたくしも自分のこれからのことをしっかり考えねば。
お父さまたちが帰ってくるのは明後日。
(どうなるのかしら。よく考えないといけないわ……)
と、思っていたのに。宰相子息さまとの攻防で疲れたわたくしは、そのまま夢の世界へと旅立っていった。
『あんたの脳は恋愛成分が不足し過ぎてるから、ちょっとこの乙女ゲームの逆ハーエンドを攻略して勉強しなさい!』という前世の親友とのやりとりを夢に見た。ほっといてほしい。
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