23 セドナの秘密を知りました
馬車で物思いに耽りながらバートと共に家に戻ると、お兄様がエントランスで笑顔で待ち構えていた。
しっかりと着替えて、顔色も悪くない。どうやらお酒はすっかり抜けたらしい。
「やあ、ランベルト殿。妹がお世話になっているね」
「お久しぶりです、シルヴィオ殿。体調はもうよろしいのですか」
「ああ。悪かったね、こちらから呼び立てておいて」
「いいえ。おかげでディアナ嬢との楽しい時間を堪能できました。こちらからもお礼を言いたいくらいです」
「ははっ、言うねえ」
お兄様とバートは、親しいのか距離があるのかよく分からないやり取りをする。
二人とも笑顔なので真意はいまいち読み取れないけれど、こういう時は触れないに限ります。
お兄様とバートが何かと喋っているのを薄目で眺めていると、玄関へと伸びる階段の踊り場に美しい女性が現れた。
セドナだ。
わたくしはお兄様たちのことはひとまず置いておくことにして、その妖艶な美女に駆け寄った。
「オーナー。おかえりなさい。申し訳ありません、不覚にも眠ってしまっていて……」
「ううん、いいのよ。そんなことより、わたくしセドナに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと、ですか?」
こてりと不思議そうに首を傾げるセドナの言葉に、わたくしは大きく頷いた。
先程起きた出来事を、確かめようと思ったのだ。
「セドナは以前、あの娼館のオーナー部屋にある絵画のことを話していたわよね? あの優しい油絵のこと」
「ああ、はい」
「あれって、今はどこにあるのかしら」
「改装が終わって新装開店はしたのですが、絵画自体は私が保管しています」
「セドナはあの作品が、誰が描いたものか知っている?」
「……」
わたくしの質問に、セドナは言葉を詰まらせた。表情もほんの一瞬暗くなる。
これまで長い間、断罪を回避するためのわたくしの突飛もない話を聞いてくれて、時に諭しながら包み込むように受け止めてくれていた。
そんな彼女が、こうして戸惑いを隠せない表情をしたのは初めてだ。
「……知っています」
少しの沈黙の後、セドナはそう答えた。どこか覚悟したように、彼女の瞳はまっすぐにわたくしを見据えている。
「あの絵の製作者も、ゲーベルクという方なの?」
どこか確信に似た直感があって、わたくしはそう尋ねる。
どう考えても、今日美術館で見たものとあまりにも類似している。
「ええ。そうです。あの絵の裏にもしっかりサインがあります」
柔らかく微笑むセドナは、どこか晴れない顔をしている。
あの絵を眺めるときのセドナは、どこか懐かしそうにしていて、わたくしは哀愁のようなものを感じていた。
今の今まで、すっぽりと忘れていたひと幕でもある。
この国の美術館に没後飾られるようになった元貴族の芸術家の絵画。
それがなぜユエールの地方都市の娼館の一室に掲示されていたのか。今もなお、セドナはそれを大切にしているように思える。
それをどうやってセドナに聞いてみようか、とわたくしは思案していた。
そんな折、聞こえたのは軽やかな笑い声だ。
「ふふっ、オーナー。そんなに深刻な顔をされなくても大丈夫です。私、実は生まれがユエールではないんです。このエンブルクが私の故郷なのです」
「え!?」
「ですので、ゲーベルクの描く絵画の価値を知っていた……というのは、少し苦しいでしょうか。ふふ」
再びセドナは笑う。いつもの涼やかな顔で。
ユエール王国の娼館で情報屋として生きてきた彼女のルーツがここエンブルク。
その半生は、わたくしが容易に足を踏み入れてはいけないものだ――
そう思ったわたくしは、セドナをまっすぐに見据えた。
「――分かったわ。セドナ。今は聞かない。けれど、必要な時はわたくしのことも頼ってほしいわ。いつも助けられてばかりだもの」
いつか信頼してくれたら、わたくしにも力になれる事があるかもしれない。
目の前の美女はわたくしの言葉に目を丸くして、それから一度にっこりと笑ってからあっけらかんと話し始めた。
「オーナーのことは信頼しています。色々と割愛しますが、私、実はゲーベルクの孫なんです。あの絵は私が持っている唯一の財産でした」
「えっ、孫……?」
「ええ。あの絵に描かれている少女は私です。小さい頃の話ですけど」
「あの、わたくし、ゲーベルクさんという方は、没落した伯爵家の方だとバートに聞いて……」
「ふふ。そうなんです。私の家は没落したんです。だからユエールに逃れました」
「ええ……」
さらりと語られるのは、知らない事実ばかり。
この話からすると、セドナは元貴族令嬢ということになる。彼女の立ち振る舞いや仕草にどこか気品があったのも、そのせいだったのかと腑に落ちた。
色々と割愛した部分。そこにはきっととてつもないドラマがあったに違いない。破産して爵位を失い、隣国へと逃れた一家のたどる道。
きっと平坦ではなかったはずだ。
もしかしてあのとき。
貴族の小娘が、「断罪されて追放されるから娼館を買いたい」と意味のわからないことを言ってやって来たときに、それを「面白そうだから」と快諾してくれたのは。
彼女のそれらの経験があったからなのかもしれない。
「セドナ、話してくれてありがとう」
「いえいえ。私もオーナーに出会ってからとても楽しいですから。あの時の選択は間違っていませんでした」
優雅に微笑む彼女に抱きつくと、「あらあら」と言いながら頭を撫でてくれる。
どうかこの人が幸せになれますように。
姉のように慕うその人のことを、わたくしはこれからも大切にしたいと思った。
大変お待たせしました。
お読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ感想や評価をいただけると大変励みになります。
広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★で評価できます。
完結目指して頑張ります!
6/10にコミックス1巻がでますꪔ̤̮"
短編「人違いではないですか?」もよろしくお願いします。




