22 思いを馳せました
少しだけ町外れの静かな場所で馬車は止まり、バートのエスコートでわたくしはゆっくりと馬車から降りた。
色褪せた石畳が続く道の脇には、鮮やかな緑の木々が生い茂る。
街中とはまた違った風情があって、とても心地がいい。
「少し歩きたいから」という彼の意見には賛成だ。ゆっくり歩くと新しい発見があっていい。
それに、石畳を歩くと、こつりこつりとヒールが地面を打つ。その音も楽しい。
「王都の一角に、こんなのどかな所もあるのね」
「幼い頃に見つけた抜け道だ。俺も来るのは久々だったが、変わっていなくて安心した」
わたくしがそう言うと、バートはどこか懐かしそうに目を細める。そんな彼を、わたくしはほっこりとした気持ちで見つめた。
……ところで、エスコートの際に繋がれた手が未だにくっついたままなのだけれど、これは一体……?
「ディアナ、こっちだ」
繋がれた手に視線を落としていると、バートにぐっと手を引かれる。
少々慌てながら前を見ると、小路を抜けた先は広場のようになっていた。
「ここはリュヒェン広場と言って、王都の東側にある場所だ。見てのとおり、マーケットで賑わうんだ」
「わあ……!」
先程までの静かな雰囲気から一転して、中央付近には白いテントが張られており、前世で見たクリスマスマーケットのような賑わいだ。
所々に設置されたベンチや縁石では、すでに食べ物を頬張っている人の姿も見える。
こちらに来てから、クイーヴと散策したことを思い出す。ものすごく食べすぎた記憶がある。
「屋台……」
「はは、気になる? まずは、俺のお気に入りの場所に行こうと思ったんだけど」
わたくしのつぶやきに、バートは笑いを堪えながらそう言った。
「い、いいえ! 大丈夫」
恥ずかしくなって思わず赤くなる。食べ物のことばかり考えてるみたいだと思われたに違いない。
実際そうだけど。でも!
「見終わったら、またここに戻って来よう。な、ディアナ」
「……はい」
バートは宥めるようにそう優しく微笑んで、またゆっくりと歩き出した。
迷いなく進む石畳は緩やかな坂道になっていて、その先にはゴシック様式の宮殿のような建物があった。
一瞬お城かと思ったが、違う。
「ここ、美術館なんだ」
壮観な佇まいに言葉を失っていると、バートが横からそっと教えてくれた。
「美術館……!」
とても素敵だ。空の青と、建物の乳白色のような色味。広場には緑も豊かで、風の音も心地がいい。
「さあ行きましょうか、お嬢さま」
わざとらしく従者のような仕草でそう告げるバートを見て笑ってしまいながら、わたくしはその手を取った。
王国随一であるという美術館は、その名に違わずとても素晴らしいものだった。
わたくし自身が絵画や彫刻といった芸術に特に長けているという訳ではないけれど、美しいものが美しく展示されているだけで感動してしまう。
ギャラリーのような雰囲気で意外と開放感のある建物の中で、わたくしはとてもリラックスして楽しむことができた。
「あ……この絵、とっても素敵だわ」
順路に沿って進んでいた一角に、素敵な絵画を見つけたわたくしは、思わず立ち止まった。
「ああ。あれはゲーベルク卿の作品だな。今は無い伯爵家の当主だったんだ。亡くなってから、評価されるようになったそうだ」
わたくしの隣に立ったバートは、すらすらとそう教えてくれる。
亡くなってから評価される。よく聞く話ではある。
「わたくし、この絵をどこかで見たことがある気がしたけれど……ユエールにもあったりしたかしら」
「国外には出ていないはずだが……」
わたくしの質問に、バートは首を傾げる。
目の前にあるのは、のどかな風景だ。
花が咲きみだれる鮮やかな庭園の風景の中央には、帽子を被った少女が描かれている。
伯爵家の当主。今は無い、というのは、何らかの理由があって没落してしまったということなのだろうか。
(うーん、これをどこで見たのだったかしら)
わたくしはその絵をじっくりと注視しながら、頭を回転させる。
おそらく我が家ではない。
ユエールの美術館でも無かったはずだ。
この絵に似た柔らかな雰囲気の、小さな油絵をどこかで――。
『あ、オーナー。この絵はお気に入りなので、改装の間は私が保管していてもいいですか?』
ふいに、そんな言葉が頭を過ぎった。
改装工事が進められていたあの娼館で、オーナー部屋の片付けをセドナとしていた時のことだ。
部屋に飾られていたその絵画を、わたくしは幾度となく目にしていた。優しい雰囲気がとても好きだったから。
もちろん捨てるつもりはなかったから、セドナのその申し出にわたくしは是と頷いたのだ。
「どうかしたのか?」
急に固まってしまったわたくしを案じて、バートから気遣わしげな声がかかる。
「いえ。大丈夫。とっても素敵な絵画だと思って」
そう言うと、隣に立つ彼も納得したように頷いた。
「確かに、華美ではないが目を引く絵画だな。当主は自らも絵を描く一方で、美術品の収集も趣味にしていたらしく、最後は爵位を売るほどの借金を負って破産したと聞いている。のちに一家離散したとも」
「まあ……」
声を潜めながらそう話すバートの言葉に、わたくしはそんな返事しか出来ずに。
ただ目の前の絵画に描かれた少女に、視線を奪われていたのだった。
□□□
美術館を出て、賑やかなマーケットの方へと足を運ぶ。
色とりどりの雑貨や菓子などが並ぶ様子は、それだけで心が躍る。
「わ……っ」
「ディアナ!」
あちらこちらへと目移りをしていたわたくしは、石畳に引っかかって躓きそうになってしまった。
そんなわたくしを抱きとめてくれたのはバートだ。彼の肩口に突っ込む形になってしまった。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。バート」
「君はたまにとんでもなく抜けている時があるな」
からかうように微笑むバートをじっと見上げたあと、その胸板をぐっと押してみる。
……押して、みる。
「バート……???」
力いっぱい押しているのだけれど、離れない。疑問に満ちた顔をしていることは自覚している。
見上げてみても、バートは涼しい顔をしている。なんでだ。
周りの人や店の人たちからの生温かい視線や囃し立てるような口笛の音が聞こえてきて、ようやくその拘束が解けた。
「君に意識してもらわないと、何も始まらないからな」
恥ずかしさからじとりと睨むと、そう言ってバートは悪戯っぽい表情を浮かべる。
そのひと言に、頬がかあっと熱くなるのを感じた。
(そうだわ……バートは以前から、そのようなことを言っていたじゃない)
この前の馬車での出来事も併せて思い出してしまった。
「さ、残りの屋台も見て回ろう。俺も久々だから、新しい店も増えていて面白いな」
バートは、さっと身を翻すと、普段どおりの距離感に戻った。
ぎこちなく会話を交わしながら、マーケットを散策したり、屋台のお菓子を食べたり。
緊張しながらも、とても充実した時間を過ごすことができた……と思う。
その後は、お兄さまたちのお酒も抜けた頃合いだろうということで、馬車でタウンハウスへと引き返すことになった。
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