◇殿下は楽しみました
◇エンブルク王国第一王子 フリードリヒ視点
◇お久しぶりです……!筆慣らしに閑話から……!
「え? もう終わったの?」
王妃である母上との月に一度の茶会を終えて執務室に戻ってきた私は、首元のタイを緩めながら、驚きの声をあげた。
目の前にいる青髪の彼は、城のお決まりの制服に身を包み、その横には書類が整然と積み上げられている。
確かに茶会前に、この書類を片付けておくように私はその男に指示を出した。それは紛れもない事実だ。
「フリードリヒ殿下がお戻りになるまでに仕上げるものかと思ったのですが……」
新たに雇い入れた側近候補のその男は、名をアレクという。アレクシス=ラズライトの名は捨てているが、元はユエール王国で未来の宰相として育てられた男。
何か不都合があったか、と言いたげに、不思議そうな表情で真っ直ぐに私の方を見ている。
どうやら本当にそう考えていたらしい。
「いや……今日1日分のつもりだったんだけどなぁ」
私は金糸の刺繍入りのジャケットを脱いで、どさりとソファーへと腰を下ろした。
彼にこの仕事を任せてから、数時間しか経過していない。だというのに、アレクはあっという間にそれを仕上げてしまったらしい。
(これは……思ったよりも……。全く、隣国の愚かさには呆れ返るな)
「左様でしたか」
「……もしかして、なんだけどさ」
彼の性格を示すように、書類はぴっしりとまとめ上げられている。よく見ると、本棚も少し手を加えられているように思う。
私は一番上に置いてある書類をぴらりとつまみ上げながら、立ったまま姿勢を正しているアレクへと視線を向けた。
「アレク。君、サフィーロに仕事を押し付けられたりしてただろ」
アレクは城に来てからまだ日も浅い。
こうして仕事を任せているのも、まだまだ簡単なものばかりで、少しずつ慣れていってもらおうと考えていたのだが。
(書類の中にいくつか紛れ込ませていた重要書類まで、きっちりと処理されている――)
「……そう、ですね」
どう答えようか逡巡していたらしいその男は、困ったようにしながらもそう答えた。
サフィーロは隣国の第一王子。当時は王太子になるものと思われていた人物だ。
学園に通っていたとはいえ、本分である執務を怠る理由にはならない。
私がそうであるように、彼もきっといくつかの政務や執務を与えられ、それをこなしていたはずだ。
婚約破棄騒動を引き起こした彼の素行はどうであれ、隣国の執務に遅れや問題があったという話は耳にしていない。
ということは、近くにそれをカバーしていた者がいることに考えつくのは当然のこと。
そしてそれは、アレクやディアナ嬢だったのではないか。私はそう推察をした。
「しかも、かなりの量だろうね」
「……サフィーロ殿下は、何かとお忙しい方でしたので」
「――もしかして、君が断ると、そのしわ寄せってディアナ嬢にいく仕組みになってたのかな」
「……」
その問いにアレクは答えなかった。だが、その無言が答えだろう。
バートからの聞き取りでは、城での執務と学園での必要業務の大半をこの男が涼しい顔でこなしていたという話がある。
この優秀な男が身を粉にしてあの王子のために働いていたのは、婚約者のご令嬢を守る為でもあったのだろう。
(サフィーロは本当に愚かだ――だが、ありがたいことだ)
顔なじみの金髪王子の姿が脳裏に過ぎる。
あまり接する機会は無かったが、幼い頃に会った時は、子供らしく、多少の我儘がある程度の人物だった。
私は侍女が茶を運んできたタイミングでちょいちょいと手招きをしてアレクを対面へと座らせた。
ひと呼吸置いて、目の前の紺の瞳に真っ直ぐに向き合う。
「アレク。君のような優秀な男を傍に置く事が出来て、とても嬉しく思っている。この国のほとんどの者は君の素性を知らない。そのことで苦労することもあるだろう」
今は平民の身分しかない一介の従者。誰もがそう思っていることだろう。
隣国で約束された地位や未来はもう無い。
だが、この国でのアレクの可能性はこれからだ。
「はい。承知しています。こちらこそ、フリードリヒ殿下にこのような機会をいただけてとても光栄に思っています」
あの茶会の時はどこか迷っていたアレクだったが、今日はそんな様子はない。どこか吹っ切れたように、清々しさすら感じる。
「最近、何かあったかい?」
「……いいえ。何も。僕もいい加減、失ったものにばかり目を向けていてはいけないので」
冷気を纏うような冷たい眼差し――それが彼の容貌の特徴ではあるが、目の前にいる彼の瞳からは、凍えるというよりも、もっと逆――どこか炎が燃えるような、じりじりとした熱を感じる。
(私には、まだ話してくれそうもないねぇ)
そのことをどこか残念に思いつつ、私は紅茶を口に運んだ。香り高いその茶が喉にいき渡ったところで、ゆっくりとカップをソーサーに戻す。
「私は君のその能力を存分に利用させてもらうよ。今後もその能力を遺憾なく発揮してもらえるとありがたいな。私と、それからエレオノーラのためにね」
「はい」
「だから君も、私を存分に利用してくれていい」
そう告げると、どこか虚をつかれたような顔をしたアレクだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。元よりそのつもりです、殿下」
「ええっ。その切り返しでくる?」
「はい。まずはこの国での足掛かりを作らねばなりませんので。殿下には誠実でありたいと思います」
「……ふ、ははっ! それでこそ私の側近候補だね。あとアレク、ちょっとバートに似てきた?」
「……それは全く嬉しくありません」
無表情の底にどこか不貞腐れたような素振りを垣間見せながら、私の新しい側近はそう答える。
(君がどこまでやれるのか、しっかり見せてね)
この優秀さであれば、バートの従者のままでも頭角を表しただろうが、それではきっと足りない。何よりもったいない。
「――では殿下。失礼いたします」
「うん。またね〜」
しばらく仕事について話をして、終わったところでアレクが席を立つ。
深く頭を下げながら部屋を出てゆくアレクに私はひらひらと手を振る。
「うーん、これはどっちに肩入れするのも難しいねえ」
ひとり部屋に残った私は、そう呟きながら再度ソファーに深く腰掛ける。
頭には友人たちの顔が交互に思い浮かぶ。
――そうして、フリードリヒとアレク……新たな主従の小さな会合は幕を閉じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
とーーーっても久しぶりの更新になりました。お待ちいただきありがとうございます。
下のお星さま✩を★★★★★にしていただけると、やる気元気勇気がみなぎります……!!
先日発表されたコンテスト結果により、今作がコミカライズされることになりました。三人のわちゃわちゃを、漫画でもお楽しみいただけると嬉しいです。
完結まで頑張って執筆したいと思います⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎




