21 町に行くことになりました
「――突然すまないな、ディアナ」
「ようこそいらっしゃいました、ランベルト様」
わたくしが用意を済ませてしばらくすると、本当にバートが我が家にやってきた。
とても爽やかな笑顔だ。
そんな彼を玄関前で出迎えたわたくしは、一緒に来ていたハンナと共に腰を折る。
いつもとは違って、無造作な黒髪を今日は後ろに撫でつけるようにセットをしている。
まるで、これからどこかへお出かけするかのようだ。
だれかと約束でもしているのだろうか。
わたくしが抱いたその疑問は、バートの言葉ですぐに解決することになる。
「シルヴィオ様が来られているんだろう? 挨拶をしたいのだが」
お兄さまがこの国に来ることを知っていたらしい。
もしかしたら、元々連絡を取っていたのかもしれない。
「ごめんなさい、お兄さまはまだ起きていらっしゃらないの。昨晩遅くに帰って来られて、疲れているみたいで」
彼の問いに、わたくしはそう答える。
朝まで完徹で飲んでて今は泥のように寝てます、だなんてそんなお兄さまの沽券に関わるような事は言えない。
わたくしだって、お兄さまのあんな姿を見たのは初めてだったのだ。あちらでは、いつも品行方正で、必要な夜会に出席する以外は夜遊びもしない、真面目な生活をしていたように思う。
なんとかお茶を濁しながらそう伝えると、彼は「ふうん」と呟きながら顎に手をあて、何やら思案しているようだった。
「……ディアナ、今日の予定は?」
「えっ、わたくしですか? ええっと、特に何もないけれど」
急に水を向けられて、正直にそう答えた。
本当はせっかくこちらに来たお兄さまたちとお出かけでもしようかと思っていたのだが、そんな状況にはないことはよく分かっている。
家でのんびり過ごそうと思っていたところだ。
「――そうか」
わたくしの答えを聞いて、バートは悪戯っぽくにこりと微笑む。
「ではディアナ。君の時間を俺にくれないか」
◇◇◇
がたごとと揺れる馬車の中で、わたくしはバートと向かい合って座っている。
バートが来ることが分かっていたからか、ハンナが用意してくれていたワンピースはよそ行き仕様のものだ。
だが、きっちりと正装しているバートと比較すると、どうもちぐはぐだ。
そんな事を考えていると、彼はその豪華な上着をばさりと脱いだ。そしてシャツのボタンを緩め、セットしていた髪もぐしゃぐしゃと下ろす。
「バート……? 何をしているの?」
あっという間にラフな出で立ちになった彼は、わたくしに視線を向ける。
「折角だから、ディアナの好きそうな所に行こうかと思ってね。こっちの方が町歩きにはいいだろう? 何より俺が楽だ」
「町歩き……」
「流石に向こうでは立場上君を誘うことは出来なかったからな。……どう、だろうか?」
途中まで自信満々のように見えたバートだったが、最後の一文はどこか弱々しく感じた。
従者だった頃のバート。
いつもサフィーロ殿下の一歩後ろで、淡々と業務をこなしていた印象がある彼だ。
こちらに来てから、その認識は180度変わったけれど。
そのしゅんとした様子に思わず口から笑みが溢れてしまったわたくしは、慌てて手で口をおさえる。
「……わたくし、町歩きは好きよ。楽しいもの」
「そうか! 良かった」
そう言って晴れやかに笑うバートは、今まで見たどんな表情よりも眩しく、そしてどこか少年のようなあどけなさが垣間見えた気がした。




