18 考えました
ロミルダさんが半ば強引にローザさんを工房から連れ出し、わたくしたちは3人で彼女のおすすめだというカフェに来ていた。
先日クイーヴと共に行ったところとはまた違って、沢山の人で賑わうこのカフェもまた人気店であることが窺える。
「ほらほらローザ、しゃんとしなよ〜」
「だ、だって、急なんだもの」
わたくしをちらりちらりと盗み見ながらもじもじとする様は、庇護欲をそそられる小動物のような仕草だ。
その姿に、祖国での学園生活のことがふと蘇った。
あの桃色の髪のご令嬢も、ヒロインらしく守りたくなるような愛らしさだった。しかし彼女の場合は途中からなんだか芝居がかって見えていたものだが、ローザさんからはそういった気配は感じられない。
「あ、あの、ヴォルター様。以前は助けていただいてありがとうございました」
ふーっと大きく息を吐いた後、意を決したように彼女の桃色の瞳はわたくしを真っ直ぐに捉える。
その瞳が不安げに揺らいでいるのが分かったわたくしは、安心させるようにゆるりと微笑みを返した。
「わたくしは大したことはしていませんわ。あの後は大丈夫でしたか? 逆に彼女たちの目の敵にされたりは……」
「いっ、いえ、全くです! むしろあれからは全然わたしからは興味をなくしたみたいで、声をかけられることはありませんでした」
「ーーそう。良かったわ」
信号機トリオは、あの時からすっかり標的をわたくしに切り替えていたらしい。
そうした行いで結局は自らの身を滅ぼしてしまっているのだから同情の余地はないのだけれど。
「うちのクラスにまで乗り込んできたもんね、あの人たち」
テーブルの上のクッキーをつまみながら、ロミルダさんは心底面倒そうな顔をする。
あの時彼女たちは経営学のクラスにまで来て、そしてそこから怒涛のダンス実習へと繋がっていったのだった。
「きちんとお礼を言いたかったんです。えへへ、ロミルダちゃんがヴォルター様と友だちになったって聞いた時は驚きました。本当だったんですね」
「疑ってたの? まああの人たちのお陰で話しかけるチャンスが出来たんだけどね」
「確かにそうね。ローザさん、わたくしのことはディアと呼んでもらっていいのですよ?」
「はっ、はいぃ!」
背筋をピンと伸ばして分かりやすく萎縮しているローザさんが可愛らしくて、ロミルダさんと顔を見合わせてくすくすと笑ってしまう。
そうしてお喋りをしている間にも、ロミルダさんのおすすめの品がどんどんと運ばれてきて、最後は多少苦しい思いをしながらも、穏やかな時間を過ごしたのだった。
◇◇
「嬢ちゃん、ゴキゲンですね」
わたくしを迎えに来たクイーヴは、馬車に乗り込むなり、わたくしの顔を見てそう言った。
そうかしら、と言いながら自分の頬を両手でぺたぺたと触ってみる。どうやら顔に出てしまっているらしい。
「ええ。今までで1番楽しそうです。友人が出来て良かったですね」
「あっ、ありがとう……」
いつもは軽口ばかりの彼が、真っ直ぐにそう言ってくれるのがどこかむず痒く……というか少し恥ずかしい。
「やっぱり分かるかしら。わたくし、とても楽しかったの」
「ははっ、素直なのはいーことです。俺と町に行った時より断然楽しそうなんでちょっと悔しいくらいですよ」
「全然そうは見えないわ」
悔しい、と言いながら、クイーヴが浮かべるのは心からの笑顔だ。彼なりに、わたくしの事を心配していたのだろう。
「……嬢ちゃん、お貴族さまをしてる時より、そうしてる時の方が自然だよな」
「……やっぱり、そうかしら」
「んー、まあお貴族モードの時も完璧ですけどねぇ〜」
ははっと軽く笑いながら、クイーヴはわたくしの頭の上に軽く手を置いた。ハンナが見ていたら、きっと怒り狂う事だろう。
「まあまあ、まだまだ嬢ちゃんは若いんだから、この先どんな道でも選べますよ。そんな焦らなくても、今は悩んでいい時期!」
「クイーヴ……」
何やらわたくしが悩んでいる事は見透かされているらしい。
この国での1年間は、わたくしに与えられた猶予期間。
この学びの期間が終われば、きっぱりと決断をしなければならない。
もう大体の道を決めたつもりでいたけれど、また色々な事があり、揺らいでいる部分もある。
「アドルフ侯爵子息を選ぶにしても、アレクシス氏を選ぶにしても、それは嬢ちゃん次第ですからねぇ。あ、俺で手を打つって方法もありますよ」
「――ハンナに言いつけるわよ?」
じとりと見上げると、クイーヴはわたくしの頭から手を離してぱっと自らの席へと戻った。怖い怖い、と呟いているが、全く恐れているようには見えない。
ハンナに怒られるのを楽しんでいるような節もあるのだから、困ったものだ。
ふう、とわたくしがひとつため息をついていたところで、「あ、そうだ」というクイーヴは呑気な声をあげた。
「明後日、シルヴィオ様が来るそうです」
「えっ……お兄さまが?」
以前報告していた件で、と明るい声で告げる彼に、わたくしは驚きのあまりしばらく押し黙ってしまう。
暫くして、ようやくわたくしはクイーヴに「どの件なの?」と尋ねる事が出来たのだった。




