17 出会いがありました
「ディアさん、こっちこっち! ここがうちの商会と提携している工房よ」
「……これは、硝子細工? とても綺麗だわ」
「腕の良い職人がいるのよ。ちょっと気難しいけどね」
わたくしは今、ロミルダさんに町を案内してもらっている。
以前クイーヴと町に出た事はあったけれど、この辺りを取り仕切っているという商会の娘であるロミルダさんの視点で切り取られた町は、またひと味違う。
入学してからの怒涛の日々から一転して、ここひと月ほどわたくしはとても平穏な日々を過ごしていた。
エレオノーラ様はあの調子だし、悪巧みをしていたらしい令嬢たちは学園を退学させられ、あの教師も解雇。
元々平和だった経営学クラスは輪をかけて平和だ。
少し変わったのは、たまにバートが昼食を誘いに来るようになったこと。
あのダンス実習の授業の日のこともあり、わたくしは"ランベルト=アドルフの留学先での友人"であると周囲にしっかりと認定されることとなった。
また周囲が騒がしくなるかと身構えたりもしたが、留学生を丁重に扱うという殿下の方針が浸透したらしく、そこまで変わらなかった。
ロミルダさんは『まあディアさん、元々貴族だもんねぇ〜』とけらけら笑っていた。
そしてバートに誘われてついて行った個室には、殿下とエレオノーラ様がいて、そこで皆で食事を摂るのだ。
『ディアナ様の眼鏡姿も美味ですわ……!』とエレオノーラ様は頬を紅潮させていつも楽しそうにしている。
そしてそんなエレオノーラ様をフリードリヒ殿下が慈愛に満ちた瞳で見つめて――何故わたくしとバートはここに居るのかという気持ちになったりもして。
ちらりとバートの方を見ると、彼もげんなりとした顔でわたくしを見て頷いていた。
そしてここに、アレクの姿はない。
何かと忙しいらしく、休む時間を惜しんで勉学に励んでいるらしい。
『いやーやっぱり彼は優秀だね。飲み込みが早くて助かるよ。あの調子だとすぐに頭角を現すだろうね。バート、ありがとう』
『アレクが決めたことですから。まあ彼は元々向こうでも王太子の業務を代行していましたからね。慣れている所もあるのでしょう。周囲のやっかみが面倒そうですが……まあアレクならば大丈夫でしょう』
『へぇー、バートは随分とアレクの事を買ってるんだね。ライバルなのに』
『……その事と彼の評価は別でしょう』
フリードリヒ殿下とバートの会話をどこか上の空で聞いていたわたくしは、アレクの再出発を嬉しく思うと同時に、どこか寂しくも感じた。おかしなことだ。
「……さん、ディアさん!」
精巧な硝子細工を見ながらぼおっとしていると、いつの間にかそばに来たロミルダさんに名前を呼ばれていた。
「ごめんなさい、ロミルダさん。少し考え事をしていて……」
「ふーん、こいつがロミルダの友だち? お前にしちゃあ随分と上品な友だちが出来たんだな」
「ちょっと! ディアさんにまで失礼な物言いはやめてよね」
慌てて顔を上げると、ロミルダさんの隣には空色の髪の青年がいて、わたくしを鋭い目付きで見下ろしていた。
……誰なのだろう。
「ディアさん、ごめんね。こいつはサシャって言うの。この工房の跡取り息子で、あたしとは幼馴染。まあサシャの方が歳上なんだけどね」
「そうでしたか。サシャさん、初めまして。わたくしディアと申します」
「おう。よろしくな。しっかしやけに礼儀正しいなぁ、まるでお貴族様みたいだ」
「だーかーらー、サシャ〜!」
何らかの警戒を解いたのかにかっと快活に笑うサシャさんに、ロミルダさんは腰に手をあてて何やら注意をしている。随分と気安い仲らしく、その光景が微笑ましく思えてくすくすと見守っていると、工房の奥の扉がかたりと開く。
「お兄ちゃん、ロミルダちゃんが来てるの……?」
そこから顔を出したのは、サシャさんと同じ水色の髪を揺らす、あの日の美少女だった。
「あ、ローザ。いたのね。また部屋にこもって勉強?」
「うん、そうなの。やっぱり特進クラスは難しくって」
「まーたそんな事言って〜。そっちのクラスでも成績優秀なのは知ってるんだから。ローザは偉いよ。あたし計算以外はからっきしだもん」
ロミルダさんとローザさんは、楽しそうに会話を続ける。
特進クラスの彼女は、ここの生まれらしい。
「あ、そーだ。ほらローザ。じゃじゃーん、ディアさんだよ!」
暫く会話を続けた後、ロミルダさんはやけに大袈裟にわたくしを紹介した。
サシャさんの陰に隠れているようになっていて、今まで姿が見えていなかったらしいローザさんは、わたくしを見て目を丸くする。
「こんにちは」と挨拶をすると、彼女は口をはくはくと動かすばかりで、言葉が声にならないようだ。
「ローザってば。ディアさんとお話したいって言ってたのに、話せてないじゃん」
「あ、この人が例の?」
ロミルダさんとサシャさんの言葉に、ローザさんは顔を真っ赤にし、いまいち状況が掴めていないわたくしは首を傾げるばかりだった。
お読みいただきありがとうございます。
こっそりと再開しました。
久しぶり過ぎて自分でも読み直しました。名前の間違いがあるかもしれません……作者も混乱中です笑
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