13 医務室にいきました
遅くなりました!
「ディアさん、おはよう!」
週が明けるとまたいつものように学園生活が始まる。
教室に到着したわたくしを笑顔で出迎えたのは、ロミルダさんだった。
「おはよう、ロミルダさん」
元気いっぱいといった様子の彼女に応えると、彼女の笑顔は一変し、眉間に皺が寄る。
「……ディアさん、夜更かしでもした? 目の下にクマができてる」
「! え、ええ。考え事をしていたら眠れなくなってしまって。そんなに分かり易いかしら?」
眼鏡があるから大丈夫だと思っていたのだけれど、そうでもないようだ。
寝不足の原因は自分でもよく分かっている。
(バートが突然あんな事を言うから……!)
昨日のお茶会の帰り道でのことを思い返すと、頬がまたぼぼぼっと熱くなる。
「ディアさん⁉︎ 熱があるんじゃない? 先生には伝えておいてあげるから、医務室で診てもらったほうがいいわ!」
「あ……でも」
「いいからいいから!大丈夫、休んだ分の講義はみんなでフォローするって」
商人らしい押しの強さで、ロミルダさんはわたしの手を引く。
ハンナやクイーヴに不審がられながらもようやくこうして登校したのに、結局授業を休むことになってしまった。
だけど、実際に眠気が襲ってきていることも事実。
このままだと、授業中に寝落ちするという淑女にあるまじき行為をしでかしてしまいそうだ。
先程の赤面を発熱と捉えられてしまった事は恥ずかしいけれど、ここは彼女に従った方がいいかもしれない。
そうしてわたくしは、登校したばかりだというのに医務室に行き、暫くゆっくり身体を休めることになった。
医務室にいた担当の校医が、わたくしがディア=ヴォルターだと名乗った瞬間にぴしっと背筋を伸ばしてテキパキと対応しだした様子を思い返しながら、ベッドに横になったわたくしは睡魔に誘われてゆるゆると瞳を閉じたのだった。
◇
「ん………?」
ゆっくりと目を開けると、真っ白な天井が目に飛び込んできた。
最初は混乱したけれど、そういえば医務室ですっかり寝てしまったという事を思い出す。
(どのくらい寝ていたのかしら)
頭がすっきりしていることから推測すると、大分時間が過ぎているのかもしれない。
半身を起こし、ぼおっとする意識が徐々に覚醒するのを待つ。
周囲は白いカーテンによって遮られており、ちょっとした個室のようになっている。
「――ディア様、加減はどうですか?」
「はい。すっかり良くなりました。ありがとうございます、先生」
外から聞こえた声に反射的にそう答えて、そろそろベッドから降りようと布団から出る。
そうして準備をしている時、「開けてもいいですか」と聞かれたため肯定の返事をすると、カーテンはゆっくりと開いた。
「本当ですね。顔色は良さそうです」
「え……アレク……?」
先生だと思って返事をしていた相手はアレクだったようだ。
驚きのあまり、口が半開きになっていることが自分でも分かってしまう。
「驚かせてしまって申し訳ありません。昼の休み時間に貴女のクラスに訪ねて行ったら、医務室で休んでいると聞いたものですから」
「そう……あら? 今は一体何時なのかしら」
「先程午後からの講義の開始を告げる鐘がなりましたので、13時くらいではないでしょうか」
「わたくしそんなに寝ていたのね……」
学校の医務室でそんなに熟睡するなんてよっぽどだ。
体調が悪かったのですね、とアレクは気遣わしげに言ってくれているけれど、実際はただの寝不足なのでどこかいたたまれない気持ちになる。
「アレク、貴方は午後の授業は無かったの?」
「ありましたが、問題ありません。ディア様が心配だったのと、どうしてもお話がしたかったので」
「そう……?」
ベッドから立ち上がって、アレクのことを見上げる。
なんだかその姿に違和感があるような、不思議な気持ちだ。
「あ! あの眼鏡じゃないのね」
そうだ。この国に留学するにあたって、平民として目立たないように変装するためのダサい眼鏡。
わたくしがかけている眼鏡と共に購入したあの逸品がない。
その事に気がついて声をあげたわたくしを見て、アレクは目を細めて微笑んだ。
せっかく半減していたイケメンオーラが復活してしまっている。
「事情がありまして、あの眼鏡はかけない事になりました。折角選んでいただいたのに申し訳ありません。そしてその事情が、お話ししたかった事になるのですが――」
アレクがその先を言いかけた時、かたり、という物音が聞こえた。
アレクにも聞こえたようで、ふたりで揃って音の方向――入り口の方を見遣る。
そこには目をまんまるにして、口もあんぐりと開けて驚きの表情を浮かべているひとりのご令嬢がいた。
「……ふわ、アレクシス⁉︎ それにディアナ⁉︎ どうしてここに……え、何これ、私、まだ熱があるの……?」
呟きや独り言と言うには大きすぎる彼女の声は、確かにわたくしの耳に入ってきた。
どうしてわたくしがディアナだと分かったのだろう、と考えてふとベッドサイドを見る。
そこには睡眠の邪魔になるからと外したわたくしの眼鏡がちょこんと鎮座していた。
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ダサ眼鏡の効果は絶大です。




