◇紺色眼鏡は決断しました
アレク視点です。
「――エレオノーラ様は、随分雰囲気が変わりましたね」
「ああ!そうか、あの時君もお茶会の場にいたんだったね」
僕の言葉に、フリードリヒ殿下は思い返すように返事をした。
当のエレオノーラ嬢は、ディアナを連れ立って庭の散策へと出掛けて行った。元々ふたりで話したいことがあったようで、その後ろ姿からも嬉しさが溢れ出ていた。
そうしてこのテーブルには、フリードリヒ殿下とランベルトことバート、それから僕の3人だけが残っている。
12歳の時の王家主催のお茶会に、宰相子息であった僕も参加していた。当時の彼女は、もっとギンギンギラギラと飾り立てた格好をしており、高位貴族の令嬢にありがちな高慢で尊大な態度だった印象がある。
そのことを思い出すと同時に、その時はまだ歪んでおらず、楽しそうにディアナと談笑していたサフィーロ殿下の姿が思い出されて、胸の奥がぎしりと軋む気がした。
「あの時、ディアナ嬢と会って話をしてからかなぁ、エレオノーラが変わったのは。それまでサボりがちだった王妃教育も熱心に行うようになったし、ダンスもたくさん練習するようになった。他人へ攻撃的になることも減っていったんだ」
「まあ、確かに。ディアナ嬢と話していると毒気が抜かれるな」
フリードリヒ殿下の言葉にバートが頷くのを僕はぼんやりと眺めていた。
元はユエール王国で第1王子の従者を務めていた男。
本当はエンブルク王国の侯爵家の嫡男で、身分と目的を失った自分をこうして雇ってくれている。
(何故なのだろう、何故僕を助ける?)
ランベルトの気持ちがディアナに向いていることは知っている。それに彼も、僕の気持ちが彼女に向いていることは気付いているはずだ。
だけど、彼女を一度でも堕としてしまった僕は、この相応しくない想いをどうしたらいいか分からないでいる。
彼女のことが気になってここまで着いて来たけれど、彼女は1人でも十分強い。
それに……
会話をしている殿下とバートに再度視線を移す。
この国にも、彼女の味方はいる。
僕は、この国で何か出来ることがあるだろうか。
「アレク。君にも話があったんだ」
ぼんやりしていると、殿下の双眸がいつの間にか僕を真っ直ぐに捉えていた。
身分不相応にもこの場への同席を許されたからには何かあるかとは思っていた。
何を言われるのだろう。僕は持っていたカップをテーブルに置き、姿勢を正す。
「単刀直入に言うよ。……君さ、バートの従者なんか辞めて城に来ない?」
「「え?」」
その唐突な申し出に、僕の口からは驚きの声が出た。
驚いたことに、バートも知らなかったのか彼も呆気にとられた表情をしている。
「フリードリヒ殿下。知っての通り、私は問題を起こしたために貴族籍は剥奪され、今は平民の身分です。それに……」
「ふふ、王族は信用出来ない?」
「――っ、はい」
一度は祖国で王子に仕え、側近として政務を手伝ったりもした。だがそれも呆気なく終わった。
(まあ……でも、自分の婚約者に懸想している側近なんて、いらないか)
見ているだけでよかった。彼女が幸せなら、それで。
そう思っていたが、『婚約破棄』の言葉を聞いた時に湧き上がる感情を抑えることが出来なかった。あの時もう少し、冷静に動けていたら……彼女の名誉は守れたのだ。
あの日の後悔が消える事はない。恐らくずっと。
「アレク、私が欲しいのは信頼できる部下だ。イエスマンではない。私と異なる意見があるならば、そのまま伝えてくれて構わない。腹心となるべき者を探している。……君には、その能力が十分にあるだろう?」
「……私のことを買いかぶり過ぎではないですか。まだこの国に来て少ししか経っていません」
「そんな事はないよ。君がこれまで培ってきたものと、これからこの国で学ぶもの、どちらも大切だ。何より君はバートから信頼されている。そんな君をバートに独り占めされるのは勿体無いと思ってね」
どうやら殿下の申し出は冗談ではないらしい。
真剣な顔をする彼に戸惑っていると、バートが口を開いた。
「殿下が私の従者を欲しいのは重々分かりました。まあアレクが好きなようにしたらいい。この殿下は食えない奴だが悪い人間ではない。……以前のアレとは違って」
「うわ、私に対するバートの評価、微妙だなぁ〜」
「そんなことより、まずは何故その呼び方なのか教えていただけますか」
「ふふ、ディアナ嬢に『バート』って呼ばれてる時にすごく嬉しそうな顔するから、私が言ったらどんな顔するかなーと思ってね!」
バートが言う"以前のアレ"というのはサフィーロ殿下のことだろう。
思ったとおり全然嬉しそうじゃないよね、とくすくす笑いながら言う殿下をバートは胡乱な目で見つめている。
「ふ……何ですか、その理由は」
そんな2人を見ていると、思わず笑みがこみ上げてきた。
「さっきの発言は撤回する。この人は食えない奴だし変な奴だ。仕えるのは苦労するだろうから断ったほうがいいな」
真剣な顔で僕にそう言うのはバートだ。
「やはり、そうでしょうか」
「ああ。絶対に面倒なことに巻き込まれる」
「バート、安心してくれ!面倒なことになったらアレクだけじゃなくちゃんと君も巻き込んであげるから」
明るく賑やかな庭園で、こうして僕に前に進む機会が与えられている。
後悔ばかりの日々は、もう終わりにしたい。
「――殿下。私でよろしければ、よろしくお願いします。面倒ごとは、起こさせませんので、バート殿もご安心ください」
立ち上がって、殿下とバートに向かって深く礼をする。
過去を悔やんでばかりの僕が、こうして彼らと出会って、道を示されることもまた、僕にとっての幸運だったのだ。
「……アレクが手綱を握ってくれるなら、少しは安心できる」
口角を吊り上げて、笑顔を見せてくれるバートに、僕も笑顔を向ける。
「バート殿。……これからも友人としてよろしくお願いしますね」
「ああ。もちろん」
「ん?そこに私も入れてくれるよね?君たちがエンブルクに来てから、楽しくって仕方がないんだから」
「たまには仲間に入れてあげますよ。なあアレク?」
「そうですね。たまになら」
そうやって軽口を叩く僕らを見て、殿下は「息ぴったりだね」と言ってまた笑うのだった。
書いているうちに紺黒コンビの友情回となりました。何でだろう。
いつもお読みいただきありがとうございます!
おまけ
フ「アレク、うちに来るなら言っておきたいことがあるんだ」
ア「なんでしょう」
フ「いつもかけてるあの変な眼鏡、やめてくれるかな?見てると目がぐるぐるして気分が悪くなるんだ」
ア「……ああ。そうですね」
ディアナが選んだダサ眼鏡は定番のぐるぐる眼鏡でした_φ(・_・




