◇モブ令嬢は考えました
とある伯爵令嬢ユリアーネ視点です。(誰)
――どうなってるの……?
今日は午前中の授業が終わって、お昼休みを挟んで学年合同のマナー実習の授業があるはずだった。
そう、『はずだった』
何故か突然授業内容が変更になり、それもいきなりのダンス実習。
そんなの学年上がったばっかりでやるなんて変。
特進クラスのメンバーが集まるこの机でも、授業内容の変更が告げられるとざわめきが起こった。
私も隣の子と、変だよねなんて話しながら、授業が始まるのを待つ。
(……このタイミングで、『このイベント』は変なんだけど。またシナリオと違うーー!)
これもランベルト様が早く戻って来た事と関係があるのだろうか。
だってこれは、乙女ゲームのイベントだ。
予定では、彼が戻ってきてから発生するものだったから、夏以降のイベントの筈だ。
隣の子を見るふりをしながら、私は同じクラスの女の子たちの様子を盗み見る。
ある女の子は、驚いた顔をしながら、緊張した様子で授業の開始を待っているようだった。
それもそうだろう。普通クラスの平民であれば踊る機会は絶対に無いが、特進クラスになると選ばれる確率がぐんと上がる。
それでもやはり、貴族が先に呼ばれるから平民の彼女が選ばれる可能性はとても低い。普通だったら。
(ああ、貴女が標的なんだよ〜〜)
私は心の中でそう呟く。
ちらりと別の方向を窺うと、やはり悪役令嬢の取り巻き令嬢たちが、3人で顔を見合わせてクスクスと意地の悪い笑みを浮かべていた。
"ダンスが苦手な平民のヒロインが、取り巻きたちの策略により急に変更になった授業で教師に呼ばれ、みんなの前で踊ることになる"
"そして、窮地に陥るヒロインを、颯爽と現れたヒーローが助ける。"
ここまでが一連のイベントだ。
因みにこの場合のヒーローは、ヒロインに対する好感度がその時一番高い攻略対象者となる。
(いやでも、ヒロインがこのクラスに来たのってほんの少し前だよね?誰かの好感度上げる暇があったのかな?)
確かにあの子は可愛いけれど、まだそこまでみんなと関わっている印象はない。
というか、まだ攻略対象者との出会いイベントすら発生してないのではないだろうか。
そんな事を考えている内に教師が広間に現れ、授業が始まった。
そこで行われた人選は、驚くべきものだった。
――いや、『ディア=ヴォルター』って誰?!
とても難しい曲なのに、初めてペアを組んだはずのランベルト様とくるくる楽しそうに踊る銀髪おさげの眼鏡少女を見て、私だけでなく特進クラスの女の子みんな、目が点になった。
◇
「素敵でしたわねぇ、殿下とエレオノーラ様……」
色々と疑問だらけの授業が終わり、私は友人たちと3人で学院のサロンでお茶をしている。普段の放課後よりサロンにいる人数が多いのはきっと気のせいではないと思う。
みんな語りたいのだと思う。さっきのことを。
現に私の友人であるご令嬢は、難曲をサラリと優雅に踊りきった殿下とエレオノーラ様のペアの話に夢中だ。
まるで絵画のよう――いやこの場合だと、ゲームのスチルが正しいのかな?――だと私も思ったもん。
「でもそれより……ランベルト様と完璧なダンスを踊ったあの子は一体何者なのかしら?!」
でもやはりそれより何より、本題はこっち。
もうひとりの令嬢は話しながらすっかり興奮して頰が紅く染まっている。
「ユエール王国の子爵令嬢、という話でしたけれど」
「どうして経営学クラスにいるのかしら?それに、ダンス中のランベルト様のお顔を見ましたか?慈しむような、大切なものを見るような優しくも熱い眼差しでしたわっっ!」
そうだったのか。そこまで見てなかった。
それより私は、相手の女の子が気になって気になって仕方がなかったから。
(……まあでも、ランベルト様のダンススチルといえば、私はどっちかというと本編の方が好きだったなぁ)
ユエール王国を舞台とした乙女ゲーム本編では、ランベルト様は王子の従者バートとして身分を隠している。
夜会では公に踊ることが出来ないから、夜会会場の隣の控室にヒロインとこっそり抜け出して会場から漏れ出る音楽を聴きながら、そこで2人だけで踊るんだった。
くぅー従者服のランベルト様、いいえバートも素敵でしたっ!
隠しキャラなだけあって、そのイベントを発生させるためには夜会の日までに攻略ルートに入って好感度上げとかないといけなかったからなかなか難易度高かったんだよね。
でもその分、夜会の日にバートから『私がお相手しましょうか』って誘われたらイベント確定だからめちゃくちゃテンション上がったな。
ランベルト様がひとりでこの国に帰って来たってことはヒロインはバートエンドじゃなかったということになるから、一体本編ヒロインは誰を選んだのだろう……?
卒業パーティーは終わっているからエンディングは迎えたはずだ。
(あれ?そういえばユエールの第1王子は廃嫡したって社交界で噂になってたっけ。あれれ?ヒロインどこいった?)
「ねえ、ところで」
がちゃり、と乱暴にティーカップをソーサーに戻した友人は、胸の前で両手を拝むように組んでいる。
私はその音でゲームの回想から現実に引き戻された。
「あの方……見た目は地味でしたけれど……ダンスは素敵でしたわね」
「ユエール王国では、子爵令嬢があのレベルの淑女教育水準なのかしら?だとしたらもっと高位の貴族になると、更に素晴らしいご令嬢なのでしょうね」
「……わたくし、エンブルクで良かったですわ」
「わたしもよ……」
話しながら段々と声が小さくなっていく2人は、どちらも子爵より位の高い伯爵令嬢だ。かく言う私もそう。
未だにダンス中にうっかりパートナーの足を踏む事のある私にとっても、それは驚愕の事実だった。ユエール王国、恐ろしい国……。
「ねえ、あの方たち、どうなるのかしら?」
しばらく3人で遠い目をした後、友人の1人が声をひそめて切り出した。その言葉に私も一気に現実に引き戻される。
あの方たち、というのは、自称"公爵令嬢エレオノーラ様の取り巻き"で、事あるごとに息巻いて偉そうにしていた3人組のご令嬢である。
つまり、ゲームでいうところの悪役令嬢の取り巻き軍団と言ってもいい。
……この悪役令嬢であるはずのエレオノーラ様についても常々悪役らしさが足りないなと思うところがあるのだけど、ゲームと現実だとこんなものなのかも知れない。
「あの授業の後、先生共々別室に連れて行かれてから姿を見ないわよね……」
「殿下も相当お怒りだったものね。あの選曲で踊らせるなんて」
「やはりヴォルター嬢を前にひとりで立たせたのは、あの方たちの仕業ということなのかしら」
「殿下にはバレバレだったのね……」
友人の言葉に私も首を縦に振ってうんうんと頷く。
彼女たちが自身の婚約者の権威を傘に着て好き勝手していたことを、殿下は事前に把握していたのだろう。
なんせ、編入して間もないヒロインが少し殿下に声をかけられただけで裏庭に連行するような人たちだもの。
(まあ、あれも最初の殿下イベントだからね。あの取り巻きに囲まれているところを殿下が見つけて、庇うまでがワンセット……ってあれ?)
私はそこでまた気がついた。
あの日イベントの進行を見守るために潜んでいた裏庭で、ヒロインを庇ったのは殿下ではなくあの銀髪おさげ髪の女の子じゃなかったか。
潜んでいる場所がうっかり殿下たちに見つかりそうになって、慌てて場所を変えたからよく見えなかったけど、そうだった気がする。
あの時も違和感があったんだ。殿下と一緒に裏庭にいたのはランベルト様だった。それに、すぐに諍いに割って入ろうとした殿下を制して様子を見ようと提案したのもランベルト様。
――あの子、何者なんだろう。
続編イベントにちょこちょこ絡んでくるあの謎の銀髪おさげ髪の女の子について、俄然興味が湧いてきた私だった。
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エンブルクの人たちはユエール王国でおこった婚約破棄騒動の詳細を知りません( ˊ̱˂˃ˋ̱ )




