4 茶髪の護衛と話しました
「はあ〜しかしその細っこい体でよく食いますねぇ〜見てるだけで胸焼けしそうです」
最初の焼き菓子のお店の後、クイーヴおすすめの店舗を巡り今は4店舗目。
さすが王都だわ。
途中色々なものに目移りしながらも、何とか最後のお店にたどり着いた。
どのお店でもイチオシの逸品を食べてきたわけで、わたくしだってそれなりにお腹はいっぱいだ。
そんな無限のように言われても困る。
「そんなこと言って、クイーヴだってちゃっかり一緒になって全部食べてたじゃない!むしろ、わたくしより食べてたわ」
「はは〜なんか嬢ちゃんがあんまり美味しそうに食べるからつられちゃいましたね」
店巡りの合間に町を歩いていたら、出店で色んなものを買って嬉しそうにしていたのは他でもない目の前のこの人だ。
わたくしより楽しんでいたようにも見えた。
それに、食べている時どこか懐かしそうな顔をしていたのが引っかかった。
初めて食べる、って顔でもなかったし。
「予定外に外でも食べたものね。この店では控えめにしておきましょう。内装をゆっくり眺めておくわ。それも目的なのだし」
「賛成〜これ以上なんか食ったら吐く」
「クイーヴ……?お店の中で何を言っているの」
非難めいた視線を向けると、彼は首をすくめる。
お互いに食べすぎたようなので、この最後のカフェではのんびりと過ごすことにする。
クイーヴというのは不思議な人だ。
口直しのために紅茶を飲みながら、お腹をさすっている茶髪の青年を観察する。
会ってから、そんなに時間は経っていない。
出発の随行をした時くらいからの付き合いだから、半月ほどか。
それなのに、この馴染みかた。
いつの間にかお兄様とも打ち解けているし、ハンナとだって毎日毎日揉めている。
恒例になり過ぎて、ハンナの血圧が上がらないか心配だ。
お兄様や紺黒コンビのように、きらきらしい顔面をしている訳ではないから目立たないけれど、かといって、陰気な雰囲気はまるでなく、陽気で気さくな男。
見た目はなんというか本当に、普通なのだ。
(だからこそ、情報屋に向いていたのかしら……?)
相手に強すぎる印象は残さず、すっと入り込んで何気なく情報を引き出せる、そんな感じ。
きっと天職だったに違いない。
もしかしたらお兄様もそれを見抜いていて、彼を雇ったのかもしれない。
「どーした、嬢ちゃん。俺に見惚れて……ってそりゃないか」
わたくしの目線に気づいたのか、クイーヴは悪戯っぽく笑う。そうすると目尻が下がって、ますます人懐っこい印象を与える。
「観察してたのよ。あなたの瞳の色って不思議ね。少し灰色がかった青で、綺麗ね。珍しいわ」
正直にそう伝えると、クイーヴは目を真ん丸にしている。
「……はあ、なるほどねぇ〜。こりゃ彼らも大変だ」
「彼ら?誰のこと?」
「あーでも、この調子じゃあ気付かない内にだいぶやっちゃってますね、きっと。彼ら以外にも」
何の話だか全く分からないが、うんうんと納得したように頷いているクイーヴを見ているとこれ以上教えてくれるつもりは無さそうだ。
「そういえば」
帰りの馬車の中、クイーヴがそう切り出す。
「学院が始まったけど、なんか気になること無いです?流石にオレも中までは入れないんで、些細なことでもいいですから報告してくださいよ」
「え?そうね、特には――」
「嬢ちゃん、いくらアンタが素性を隠そうと、侯爵家の令嬢である事実は変わらない。シルヴィオ様だって異国の地にいる妹の身を案じてるんだ。正確に、頼みますよ」
叱るような言い方に、ぐっと言葉に詰まる。
そうだわ。前の時は展開を知っていたからなんとかなった。
だけど、今はこの先何が起こるか分からない。
もし何かあった時に、後悔するのはわたくしだけではないのだわ。
前のことだって、わたくしは1人で対策をとって平穏に生活していたけれど、わたくしを案じてくれていたお父様やお兄様、侯爵家のみんな、それにあの2人は気が休まらなかったことだろう。
「ありがとう。クイーヴ。本当に些細なことなのだけれど……」
「はい」
あの時の事を話しておきましょう。
学院の裏庭で起きた、例の事について。
「へえ。またそんな事に巻き込まれてるんですか、嬢ちゃんも好きですね〜。全然些細なことじゃないじゃねーか」
「好きで巻き込まれてるわけじゃないのだけれど」
クイーヴの言葉に反論する。
いや本当に、もう裏庭には近寄らないわ。
「ま、前と違ってもらい事故みたいなもんだ。分かりました。こっちでも調べときますんで」
「ええ、頼んだわ。出来るだけ関わりたくないの」
「本業ですので、お任せください」
クイーヴは仰々しく礼をする。
普段からそういう風に礼儀正しくしてればいいのだわ。
そう零すと、彼は「無理です」と言ってまた笑うのだった。
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