番外編 最後の日
裁定後、刑の執行前日の王宮
「……父上、母上」
刑の執行まで離宮に幽閉されていた金髪碧眼の元王子、サフィーロは訪問してきた人物を見て声を上げた。
国王陛下と王妃が、近衛を連れてやって来たのだ。
サフィーロは部屋の中心に椅子を置いてそこに座らされ、その両脇には騎士が1人ずつ立つ。
国王陛下と王妃は、その元王子と向かい合う形で距離を取って並べられたふたつの椅子にそれぞれ腰掛けた。
「あの時以来だな、サフィーロよ。少しは頭も冷えたか?」
「…………」
国王陛下の言に、サフィーロは押し黙る。
あの騒動以来……いや、それよりもっと以前から、こうして父親とじっくり話す機会など無かった気がする。
それこそ、学園に入ってからは、何も言われた記憶はない。
そんな様子のサフィーロを見て、国王陛下は嘆息をもらした。
「愚かなことよな。女に唆されてついにはその身を滅ぼすとは。お前の学園での振る舞いに私や王妃が口を出さなかったために、その行為が赦されているとでも思うておったか?」
「――っ!」
「平民から王族まで全ての身分の子女が集まる学園は王国の縮図。そこでどのように振る舞うか、王族として試されていたことも知らずにいたのだろう。お前が王になるべき器かどうか、見せてもらっていたのだよ。これまで皆、そうしてきたことだ」
「な……?」
サフィーロ自身、学園で羽目を外していた自覚はあった。
立太子するまでの2年、自由に過ごせる最後の期間だと思っていたからだ。
だからこそ、運命的に出会ったソフィアと恋に落ちたし、彼女が喜ぶことは何でもしたかった。
生徒会の活動よりも彼女を優先したし、婚約者の機嫌を取ることも無かった。
王太子になれば、失われる自由な機会。
どうせディアナとは後に結婚することが決まっているのだから。
しかしいつからだろう。
サフィーロはソフィアとの未来しか描けなくなって、ソフィアが王妃になることを望んだ。
――だから、疎ましくなったのだった。いつも澄ました顔をしているあの婚約者と、ソフィアの存在を認めないあの側近が。
「勝手に自滅するならまだしも、将来有望な子息たちをも巻き込むとはな。自覚があるのだろう。お前同様あの娘に傾倒していた他の側近はともかく――アレクシスを嵌めたことについて」
国王陛下の声は冷ややかだ。
サフィーロの独断は、彼らの未来を奪ったばかりか、その親である忠義の厚い家をもなし崩し的に喪わせた。
実弟の公爵家、民からの人気が高い騎士団長の伯爵家、外務大臣として尽力していた侯爵家。
――そして、腹心でもある宰相の侯爵家。
たかが王子の私欲を満たすためだけに、王家が失ったものは大きかった。
「ディアナ嬢が娼館追放の思惑について言っていたが、あれだけが理由ではなかろう。……お前は、アレクシスが最も絶望する方法を取ったのだろう?好いた女を娼館に送られて狼狽える彼奴の姿を見て、満足したか?」
「っ!」
国王陛下のその言葉に、王妃や近衛騎士までもが怪訝な顔をする。
「考えたものよなぁ。自分のために婚約破棄した後も、ディアナもアレクシスも、誰も幸せになれないよう仕向けるとは。我が息子ながら、反吐がでる」
優秀なふたりを、第1王子であるサフィーロが妬ましく思っていることは国王陛下も知っていた。
その悔しさをバネに、大きく成長することを願っていた。
だが王子は、ふたりを越えようと努力するのではなく、それらに蓋をし、遠ざけることを選んだ。
いつしか彼女たちのことを、邪魔者としか捉えられなくなっていたのだ。
「……どうしてお前はそこまで、ディアナに非道な振る舞いをしたのです?幼い頃は、婚約したことをあなただって喜んでいたではないですか」
そう問いかける王妃の目は悲しげだった。
幼い時に見せたあの純粋な思慕の念が、いつの間にこんなに歪んでしまったのか、理解が出来ないでいる。
「あの女は昔から底意地が悪いんだ!私は途中から気付いたんだ、あの女がいつもいつも、私が苦手な分野ばかり当てつけのように首席をとって、恥をかかせることを……!」
かつて美しかったサフィーロの瞳は、暗く澱んでいる。
いくら学園生活には口出しをせぬように言われていたとはいえ、ここまで息子が捻じ曲がってしまう前に、なんとかしたかったと王妃は思う。
「……サフィーロ。あなたがディアナを見る目は、そこまで濁っていたのですね。何故ディアナが、その分野で首席をとったのか、深く考えた事はないのですか?」
「なに?」
「お前が苦手だからこそ、座学が得意なディアナはその部分を補おうとより力を入れて学んでいたのですよ。苦手な分野を補い合えば、よりうまくいくと。"縦割り行政"は良くないと、よく言っていたわ。それぞれの強みを生かして、協力すればいいと」
「……!」
王妃の言葉に、サフィーロは今度こそ本当に言葉を失ってしまった。
いつからあの婚約者のことを真っ直ぐに見ることが出来なくなっていただろう。
彼女が褒められる度、自分が貶められている気がして、学園に入ってソフィアに出会ってからはますます彼女と会話らしい会話をしなかった。
ソフィアはいつだって欲しい言葉をくれた。
サフィーロを甘やかし、そのままでいいと、頑張らなくてもいいと、ダメな王子でもいいと、言ってくれた。
しかしそれは、国を負うものとして、相応しくない考え方だったのでは――……
先程までの勢いをなくし、俯いてしまったサフィーロに国王陛下は「最後に」と話を続けた。
「お前の元従者――バートについて話をしておこう」
その言葉に、サフィーロはちらりと国王陛下の方を見た。
「……父上は、知っていたのですか?私の従者であるバートが、大国エンブルクの貴族ということを」
「当然だ」
「何故、教えてくださらなかったのです!知っていれば私は――!」
「知っていたからといってどうなる?そんなものは何の話の足しにもならん!それに、アドルフ侯爵家の者が王宮に来たならば、時が来て国に戻るまで、国王はその存在を隠匿しなければならないのだ」
サフィーロの言葉を遮り、国王陛下はより声量を強めた。
ビリビリと緊迫した空気が、この一室を包む。
「アドルフ侯爵家は、我がユエール王国の評定者なのだよ。大国エンブルクと同盟を結ぶに足りる国であるか、代々嫡男を送り込んで、評定をする役割だ。そのために我が国に来た彼を、お前が従者として選んだ、それだけのことだ」
その点においては単なる偶然だ。
サフィーロが選んだことで、ランベルトはより近い位置でこの国を見ることとなった。
これまでの事は全て、エンブルク王国にも伝わるだろう。
いや、もうすでに伝わっている可能性が高い。
彼は18歳になる日を待たず、緊急帰国するのだから。
国王陛下は視線を落とし、ため息をひとつついた。
「――じきに、我が治世は正式に評定されるだろう。今後のエンブルク王国との関係が悪化しない事を望むばかりだ」
部屋の空気が重く沈んでいく。
エンブルクとの同盟関係が無くなれば、もしかすると隣国から攻め入られるかもしれない。
そのくらい、かの国との同盟は、このユエール王国にとって強固な盾となっていた。
自身の行いをようやく省み、茫然と立ち尽くすサフィーロを横目に、国王陛下と王妃も席を立った。
「……お前の移送は、明日だ。これからはよく考えて行動することだ。お前はもう、王族でも何でもない、罪人だ。自分が引き起こしたことの重大性をしっかり胸に刻みながら、償うといい」
最後に真っ直ぐとサフィーロの顔を見て、国王陛下と王妃は踵を返す。
――もう会うことは叶わない。
大切に育ててきたつもりだった、第1王子。
ゆくゆくは王としてこの国を導く者になるはずだった。
どこで間違えたのか、分からない。
離宮から出て、自室に戻るふたりの足取りは、とても重かった。
「最後の日」 おわり
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次で番外編はラストになります。




